東京卍学園 第4話
『不確かな愛がわかつまで』 というドラマをご存じだろうか。 知らない方がおかしい? いまさら聞くな? まあまあ、そういわずに思い出してほしい。もちろん佐野さんが初主演を務めたドラマだということも含めて。 5年前に放送されたそのドラマに、実はオレもちょこっと出演していたということをご存じだろうか。――いやなんで今度はみんな無言なんだよ。そんなの知るわけないって? あ~やっぱりそうだよな。今日はその話をしたかったんだ。 テレビに出たからといって、誰もがスポットライトを浴びることができるとは限らない。オレはその5年前に実感した。 その頃のオレはまだ高校を卒業したばっかで、バイトをしてお笑い養成所に入る資金を集めていた。バイトは常時3つ掛け持ちで、家に帰ったら相方に電話をしてネタの打ち合わせをする。寝たのは二時間かそこらだった気がするな。あと、これはバイト先に訴えられるから内緒にしてほしいんだけど、公共交通機関を使用していると言っておきながら、基本自転車で近くまで通勤していた。そういうせこいことばっかしちゃうんだよな、金がないと。 あの日は寝坊して、珍しく電車を使わざるを得なかった。 片道180円でも往復すれば360円に膨れ上がる。そのことを考えるととても不愉快だったのはよく覚えている。だからバイト中も不機嫌そうに接客して、店長に怒鳴られたんだっけな。今思えば社会人としてありえない対応だったよなーと反省する。 それでその帰り道だ。オレが人生初のテレビ出演を決めたのは。 駅の館内から外に出ると風鈴の音に交じって「本番行きまーす!」と声が聞こえた。何だろうと思って顔を上げると、タクシー前のベンチに男女が座っているのが見えた。自慢じゃないがオレは視力じゃ誰にも負けたことがない。 佐野万次郎さんが、当時はやりのアイドル西川彩菜の手を握っていた。会話までは聞こえないけれど風鈴に囲まれたその異様な空間は、ドラマチックでありながら、ただならぬ熱気であふれていた。 オレはそんな背後を通っていいのか不安になったが、近くにいたスタッフさんと目が合い『いいよ』と指でオッケーをもらった。今思えば通行人のエキストラが欲しかったのだろう。当時のオレはドラマ撮影の光景を見れてラッキーぐらいにしか思えていなかった。 (あ、佐野さんがキスした) 怪しくない程度に横目で見ながら通り過ぎる。風鈴の音に隠れて、リップ音はしなかった。どんなドラマなのかは知らないが、それほど長くない、触れるのみのキスなのを考えるに、純愛ストーリーなのかもしれない。橘日向までいかないにしろ、西川彩菜も可愛いのでわりと好きだ。時間があれば見てみよっかな。 その年の大ヒットドラマになると知らない当時のオレは、その程度に思っていた。 そんなことよりもオレが気にしていたのは、 (オレもしかしたらエキストラとしてスカウトされたりしない? それでそれで、お笑い芸人って発覚して番組にゲストとして呼ばれたりしないかな?) ということだった。 だってテレビなんて初めてだった。そんな期待をしたっていいじゃないか。これで切符をつかめれば相方と一緒に漫才できるし、それを足掛かりにして有名になれるかもしれない。 しかしながらやっぱりというか、残念というか、その回が放送されたからといってオレの周囲に変化があるわけなかった。そりゃそうだ。名もなき通行人のひとりにスポットライトを当てる馬鹿がどこにいるんだって話だ。今考えればわかる当たり前の話だ。 でも当時のオレは悔しくて、てった君に「こんちくしょー!!酒を持ってこいー!!」と八つ当たりした。 「たけみち君は未成年なんだからダメだよ。コーラぐらいで我慢しようよ」 「さすがてった君!こんな時でも正論だ!!くそー!!」 「ちょっと暴れたらとなりの人に迷惑だって!」 あまりにも聞き分けのないオレに困惑するてった君だったが、最終的に彼のマネージャーの半間さんを呼ばれてしまい、事態は強制的に収束した。(むしろ半間さんの言った「てったにキレてんの? おもろー。それがオマエの実力じゃん」という台詞が何より心にきた) だから今回、ドッキリ番組に正式な出演を果たしたというのに、次回からのオファーが来なかったことに対して若干がっかりしたが、そりゃそうだよなぁと思うことができた。 いや嘘だ。めちゃめちゃ出演したかった。 だから今もナオトに電話をかけて愚痴っている。 「なーおーとぉおお」 〈はいはい聞こえてますよ。仕事中に何度も電話かけるのやめてもらえますか?〉 「えっ、ひどい! オレのマネージメントするのも仕事のうちじゃないのか!?」 〈キミの場合は回数が多すぎるんですよ、あと今晩行くから待っててくださいって言いましたよね?〉 「夜は来なくていいって言ったじゃんオレ!!」 〈ダメです。たけみち君、あなた時々家の鍵開けっ放しで出て行ってることに気付いてますか? それ閉める意味も兼ねてるんですよ〉 「マジで!? オレカギ閉め忘れてんの、やばいじゃん!!」 〈はい、激やばです〉 ナオトには似合わない俗世的な言い方に、吹き出しそうになる。あぶなかった…彼の前で笑ったら、拗ねられて面倒なことになってしまう。 スマホをスピーカーにしてベッドの上に置き、窓を全開にする。気分が良いほどの快晴だ。空気もなんだかおいしく感じる。こんな都会のど真ん中なのに。 音が伝わったのか電話の向こうから、 〈洗濯物は中に干した方が良いですよ〉 と声を掛けられた。 何を言ってるんだと反論する。 「外の方が乾くだろ~しかもこんな快晴! 外の方が良いに決まってる!」 〈何度も言いますが、あなた一応テレビに出たんですから、良くも悪くもみんなに認識されてますよ〉 「えっ、オレ有名人?」 〈どちらかといえば炎上芸人ですけどね〉 「最悪な商法じゃないか……!」 これじゃ近いうちは卍ちゃんねるが見れない。あそこは暇つぶしに良いし、何よりてった君の活躍へのみんなの反応が分かるからわりと見ていたのに、困ったことになったな。 これからの楽しみについて考えながら洗濯物をといれていく。 「んー?」 見慣れない下着が一枚。目を見張るほどの真っ赤なボクサーパンツだ。 〈どうしましたか?〉 「なあナオト~お前ってパンツ何色?」 〈え、変態ですか? 姉に近寄らないでください〉 「あっ違う違う、てかひどい! 橘日向にオレが近寄れたためしないだろ!?」 〈そうですね。たけみち君にそんな度胸ないですもんね、すみません〉 さらりと嫌味を言いやがったなこいつ。そういうところがあるよな、ナオトって。いやまあそれはいいとして。 「ナオトじゃないとしたらこの赤いパンツ、誰のなんだろな」 〈僕が赤いパンツを持っていると思いますか…?〉 「たしかに!」 ナオトじゃないなら、てった君か。 しかしながら彼がこんな奇抜なパンツを穿くだろうか。 〈半間さんじゃないですか?〉 「半間さん?」 〈はい。たとえばドラマの撮影で汗をかいて着替えるなんて、残暑がつづく今日ならありえますよ〉 たしかに、半間さんならやりかねない。だってあの半間さんだ。 小学生のころ、体育の時間。体操服に着替えようとしたてった君が、鞄を持ったまましゃがみ込み「半間のやつ……」とぐしゃぐしゃにした海パンを握りしめていたことがあった。彼はプライドが高いので誰にも相談しなかったようだけど、あれは普通にセクハラじゃないだろうか。半間さんは「オレなりの愛情表現~♡」と長身を揺らして笑っていたのだが、おそらくその性癖は今でもあまり変わっていないのだろう。 それにしても最近荷物がよく増える。もちろん、ライブでファンの人からもらったプレゼント云々でもなければ、てった君がファンの人からもらうそれでもない。 やけに身の回りの物が増えた。具体的にどれが増えたのかは把握しきれてないんだけど、とにかく増えている。 「下着に、歯ブラシ、あとは……」 〈何の話ですか?〉 「そういえばナオト、お前もオレの家のものが増えてるって言ってたよな」 〈あーはい。確かに増えてますね、靴下とか服とかも〉 「え、あれってナオトが入れてたんじゃないの…?」 〈なんで僕がそんなコーディネーターみたいなマネをしなくちゃならないんですか〉 言われてみればその通り。ナオトはよくオレの洗濯物を畳んでくれるが、それは目に余るからという理由であって、別に母親代わりになろうとしているわけではない。金銭が絡んだ時の彼は大変厳しいので、オレにプレゼントをくれたことはもちろんないし。 それを考えれば、この服はいったい誰が入れているんだろうか? 一瞬てった君の私物かと思ったが、彼とオレとでは背丈が違う。服のセンスだって違うのだから、あきらか彼が着るようなものでないことは確かだった。 「ん~オレが酔って買ってきた?」 自慢じゃないが、オレの酒癖の悪さはすごい。絡み酒もするし、泣き酒もする。時々記憶が吹っ飛んでるし、しないことといえば暴力ぐらいだとスマイリー先輩に言われた。 正直買ってないと言い切れる自信はない。金欠だってあれだけ言ってるのに、こんなことで金を使っていたら意味がないよな。ちょっと酒を控えた方が良いかもしれない……まあ誘ってくるのが先輩なだけに、断りきれないんだけど。 洗濯物がなくなったことを確認して、窓と鍵を閉める。 スマホのスピーカーを戻して耳に当てると、ナオトが硬い声を出した。 〈とにかく、しっかり鍵はかけてください〉 そりゃそうだ。オレは大きくうなずいた。 「おう!」 よーし、こんなもやもやとした日には飲むぞ! オレはそう決めている!! 冷蔵庫の中身を確かめてから、オレは満足してうなずいた。 自慢じゃないが、オレは流行りに敏感な方だと思う。 若者に人気の『卍tube』をはじめた地下芸人はオレが初めてだ。 企画の内容が雑談トークメインなのであまり誇れたものじゃないが、ナオトが言うには「ファンは芸人の普段の生活が見たいものなんですよ(※だから変なネタを流すな)」とのこと。 オレが酒を飲みながらぐだぐだと私生活について語るそのアカウントは、コメントでわりと溢れているのだが、いかんせん酒が入っているオレの脳内には何の記憶も残らないので、ライブ放送は残さないことにしている。 「うはー今日も酒がうまい~」 缶ビールを机にぶつけると、コメントが跳ねる。 『音がうるせえww』 『どうせろくな仕事してねえのに酒飲むな』 『なんか部屋の中ものであふれてない?』 賛否両論いろいろ流れてきている気がするが、酒が入ってハッピーな頭には何にもわからない。ピンク色のフィルターが一枚入っているんじゃないかってぐらいフワフワとしたいい気分。 「ぷれぜんとさぁ~さいきんたくさんもらうじゃん〜」 『何言ってんのかわかんねえww』 『もう酔ってんのかよ』 『前回も地獄みたいな酔っぱらい方したくせに反省してねえのか、早く切り上げろよこのバカ道』 「もじおーいw よめねぇはははww」 楽しくなってきて両手を叩いていると頬が熱くなってきた。あー今日の酒の回りは早い。机に額をくっつけていると気持ちがよくなってきた。 「あ~きもち…んふふ」 『できあがってんなこいつ』 『同居人さーん、帰ってきてやってくれー』 『たしか駆け出し俳優といっしょに住んでんだろ?』 『なにそれw売れない者同士お似合いじゃんw』 「さいきん…あかいぱんつ…くれたひといる~?」 『ちょww それはセンス悪いw』 『さすがにパンツはキモい てかたけみっちがキモい』 『パンツは受け取るなよ』 「おれはくろいほうがすきでーす…くろおねがいしゃーす……むふふ」 『どさくさにまぎれて強請りやがったこいつ!抜け目ねえな!!』 『さすが炎上芸人になるとやることが違うってかww』 『てか眠いならライブ放送すんなよ マジで時間の無駄』 『わかった。次はちゃんと黒色にする』 『は?なにこいつ??』 コメントが流れていくのをぼんやりと見る。コメント数が加速していくのがなんとなくわかったが、文字を一つずつ追おうにも焦点が合わない。それでもすこしのあいだ頑張ってみたが、気持ちが悪くなってやめた。 しかしながらそれすら楽しくなってきて、けらけらと笑いがあふれた。 「むふふふ……みんなげんきで、さいこーだぁ」 『そんなこと言ってる場合じゃなくね・・え??』 『酒が口の端からこぼれてるよ、たけみっち』 『まじで誰か↑のアイコン特定できない?』 「てか…どっきりばんぐみのさぁ……おれ~おもろかったとおもったんだけどなぁ」 『たけみっちコメ欄見ろって!!』 『あれは問題作だろ』 『なんでもいいから通報が先!』 気分が良いので番組の裏話とか言ってもいいかなぁと思ったが、どこまでがオッケーなんだ? オレの個人的な感想とかだったらいいかな。誰にも迷惑かけないしさ…うんうん。 「さのさん…」 『え、佐野万次郎のこと??』 『寝ぼけてるだろこいつ』 「めっちゃいいにおいした…」 『こっちがこんなに焦ってるっていうのに!夢見心地でもにゃもにゃ言いやがって!!』 「あとめっちゃちからもち…あんころもちくいたいなぁ…」 『たけみっち・・本気でぶん殴るぞ(怒』 『じゃあ差し入れするね』 『またこのアイコンかよ・・マジできもいってお前』 『この前のサラリーマンか??』 「んふふ~」 コメ欄が賑やかでなんだかうれしい。こんなにコメント数が多いのだってはじめてだし、なんだか人気者になった気分だ。この前のドッキリ番組のおかげだろうか? 夢だとしても幸せだった。 机に突っ伏した腕の中でもにゃもにゃと言っているうちに体がおもだるくなっていく。あーまずい、今日はいつもよりも酒が回るのが早い。このまま意識が吹っ飛んでしまうっていうのがよく分かった。 頭もとでポンポンと賑やかなパソコンの音を聞き流しながら、小さく「おやすみぃ…」と伝えた。こうすればきっと帰ってきたてった君が撮影を切ってくれるだろう。それまで適当に残ってる人は残ってるし、他の枠に行く人はそうするし。オレは気持ちよくねんねできるってわけだ。まさに適当な生放送。今回もやっぱりお蔵入りだよな~。まあいっか…おやすみなさい。あとはたのんだ、てったくん! 「むにゃむにゃ……」 『なあ、たけみっち』 『まど』 『鍵しめないで』 『入れない』 『ねえ』 『そろそろ止めとけよオマエ、オレが通報すんぞ?』 コメントが行き交っていたことなんて花垣が知る由もなかった。