A CONTE~ストーカー系俳優さまの思惑~ 第1話
フォロワー数、十人。 ヘッダーに表示された数字は今日も変化なし。 一昨年までバラエティー番組に出させてもらっていた芸人の端くれがこんな扱いって、何があったらこうなるんだと逆に泣きたくなる。ピン芸人になってからテレビ番組への出演が減ったとはいえ、今でも週に一回は地上波に出ているというのに。やはり相方の力が絶大だったということなのか。 「今日はイケメン俳優のイェーガーさんに来てもらっています!」 「こんにちは~」 「イェーガーさんは一昨年まで芸人としてやってこられていたんですよね?」 「まあそうですね。でも今は俳優ですから」 つけっぱなしだったテレビから聞こえる声が、まさに元相方だ。 太めの眉と薄めの唇は男らしく、一方で小顔の大半をしめるキラキラした大きな瞳は女性人気が高いらしい。芸人としてオレとバラエティー番組に出ていた時は、不機嫌なキャラを演じていたため、ぎゃんぎゃんとオレに噛みつくことが多く〈小うるさい芸人〉として批判が高かったが、一度土曜ドラマのイケメン医師に抜擢されてからというもの、面の良さを雑誌が取り上げ、引っ張りだこになってしまった。 それからというものドラマやニュース番組、ラジオパーソナリティも任されるようになった。そうなると邪魔になるのが、うるさいだけの相方だ。 顔面偏差値の高さで人気を伸ばしたエレンとは違い、同じドラマに出ても噛ませ犬の役をさせられるジャンは、どの雑誌にも取り上げられることはなく、ましてやSNSでは『演技が残念すぎるww』と笑われる始末だった。 結局事務所との折り合いがつかなくなったエレンは移籍することになり、それに伴ってジャンとのコンビは解消。高校時代に組んだ売れないコンビは、あっけなく幕を閉じた。 それでも一度芸人として王者を目指しはじめたのだから、簡単に仕事を辞めてサラリーマンになるという決心はつかなかった。トロスト区の田舎にいる母親に「ちゃんと頑張るから」と見栄を張って、身一つで出てきたのだ。最後まで心配そうにしながらもジャンの決意を尊重してくれた母親のためにも、すぐ実家に帰る訳にはいかなかった。 スマホ画面をタップして、自分の評価を眺めた。 『馬面早く引っこめ』 『ゲスト残念回決定』 出てくるわ出てくるわ。よくもまあこんなに嫌われるもんだなと、自分のことながら感心する。エゴサーチはよくする方だが、日に日に炎上している気がするのは不思議な話だ。 別に、何か過激な発言をしたわけでもないというのに。 『Jeは髭伸ばしたほうがかっこいいと思う』 「お?」 スクロールしていた指を止めて、その投稿を見る。 このJeというのはジャンの隠語らしいと最近気がついた。 投稿の名前の欄を見て、やっぱりとジャンはうなずいた。 一ヶ月前から毎日一言。ジャンが出た番組やジャンの呟きを見て、必ず五分以内にメッセージを投稿する人がいた。その人はジャンに対して直接投稿をしてくるわけではないので、こうやってエゴサーチをしていないと気がつかないだろう。実際、その人のプロフには何も書かれていない。アイコンもヘッダーも真っ黒のままだった。もちろん、辛辣なこともたくさん書いてあるが、それでも最後は『もっと見たい』と締めくくってくれるので、ジャンとしてもこの人の呟きは愛のある助言だと思って大切にしていた。それに実際、この人に言われたとおりにすると周囲の批判も少し減るような気がするのだ。 「髭なァ」 芸人はただでさえ、意地汚くお笑いを求めていると思われがちだ。髭を伸ばせば、なおさら不衛生に見られて評価が下がるような気がした。できれば剃っていきたい。 「まあでも、Fが言うんだったら」 きっと悪いことにはならないだろう。そんな自信がなぜか湧いてくるのだ。 話は変わるが、ジャンが毎週出ている長寿番組は『熱血!バカ一択』というふざけた番組名だ。 聞けば誰しも一度は耳にしたことがある、五年以上続いている安定のバラエティー番組だ。司会は敏腕アナウンサーのハンジさん、アシスタントはその後輩にあたるモブリットさん。ジャンを含め四人の芸人が常連になっており、そこに今流行りのゲストが登場して、ゲストがはまっている物を紹介していくという流れだ。 この番組に出ることが若手芸人の登竜門になっているぐらい重宝されている番組–だが、若手俳優からすればそんなこと屁にも思わないらしい。ジャンたちガヤ芸人が、場を盛り上げようとして声を荒げても、我関せず。今流行りのトップスターはすまし顔のまま、周囲を見下していた。 「今日のゲストのフロック・フォルスターくんは、先週から始まった医療ドラマの医者役に抜擢されて、そのクールな演技と鋭い眼光が女子のハートを射止め、今人気急上昇中なんだよね」 「まあ……そうなりますね」 「初めての主演にこう、緊張したとかは無かったのかな?」 「別に、劇団の方でやってきてたんで」 「ははは。そっかそっか。うん、そうだよね!」 流石のハンジさんも困ったらしく、空笑いを飛ばした。 どんな大物俳優にも臆することなく質問をし続ける、恐れ知らずのハンジさんを困らせるなんて、と場は騒然となった。 後ろで控えていたモブリットさんも助け舟を出そうとして、 「この番組は見たことありましたか?」 とたずねてみるが、 「ないです。興味ないので」 と打ちのめされていた。 いくらなんでも酷すぎるだろう! ガヤ芸人たちも憤りを感じはじめる。 もしもこれが彼なりのキャラ作りだったとしたら、いずれファンは去っていくだろう。どんなに顔が良くても、最後は性格。つんけんしている奴より、愛嬌のある奴の方が好かれるのだ。 カメラ前のスタッフが急いでペンを走らせ、[今大人気俳優フォルスターさんのおすすめのお店をご紹介します!]と台詞を書いた。スタッフ達も困惑している。事前の打ち合わせと違うじゃないかと顔に書いてあるのを見る分に、収録が始まってすぐフォルスターの性格が豹変したのかもしれない。 まあそんなのはどうでもいい。とりあえず自分の仕事は、場がめちゃくちゃにならないように適度にガヤを飛ばして笑いを誘うことだ。 「ではここで、今大人気俳優フォルスターさんのおすすめのお店を――」 モブリットさんがカンペ通り台詞を言ったところで映像がVTRの方に回った。 たいして興味はないものの、一応仕事だからと画面を見ていると、唐突に脛を誰かに蹴られた。 「っ」 痛い! 思わず声が出そうになり、咄嗟に唇を噛みしめる。 服を直すフリをして痛みが残る脛を撫でると、頭のうえから小声で話しかけられた。 「髭伸ばしたのか?」 「は?」 「なんで伸ばしたんだ?」 好奇心とは違う、覇気のない声。 視線を上げると、下段に座っていたゲストの顔があった。 あまりの近さに驚いて顔を避けようとしたが、口がぐっと耳に近づいてくる。 「色気付いたのか?」 その言葉はまるで、エレンとコンビを組んでいる時にやっていたコントの台詞だった。ジャンが付け髭をして出てきたのを見て、エレンが大袈裟に「似合わねえ!」と叫んでから、「それで色気づいたつもりかよ!」とつっこむのだ。何度かそのネタをやったことはあるが、あまり客に受けなかったので、それっきりやらなくなってしまった。 どうして今、こいつがそれを言ってくるんだ。まさかオレたちのネタを知っているのか――。 思いがけない言葉に困惑してジャンが無言でいると、フォルスターは何も言わず、ただ返答を待ちつづけていた。一応、カメラを意識しているのだろう。口はジャンの方に向けているものの、顔自体は正面を向いており、ワイプで抜かれても困らないようにしていた。カメラの映り方をよく知っている俳優のやり方だった。 このまま無言でいるのもおかしい。もしも本当にこいつが自分の知っていて、合間を見てジャンにネタを振ったのであれば、人気俳優にネタを見てもらえたという喜びがないわけがない。 ジャンは恐る恐る、マイクに拾われないように手で隠しながら言った。 「お、お前を……さそってるんだよ」 三年前はエレンにウィンクしながら言っていたボケを、初対面の若者相手に言っている。 こんなの、本当にどうにかしている。ネタを安売りするなんて、ジャンの美学に反するのに。 倒錯的なスタジオの照明に目を焼かれながら、ジャンは正気を保とうと奥歯を噛みしめた。 するとフォルスターが口元を押さえて、カメラを見たまま静かに笑う。 「ふふ……おもしろいな」 それはVTRに映った芸人のことを言ったのか、はたまたさっきのジャンのネタのことを言ったのか、咄嗟には分からなかった。 けれど、カメラがスタジオに戻りハンジさんに、 「いや~美味しそうなオムライスだったね! そういえばジャンもオムライス好きだったよね。さっきフォルスターくんと仲良さそうに話していたけど、二人で一緒に食べに行ったことがあるのかな?」 と話を振られて意識がはっきりとした。 「え」 咄嗟のことで頭が真っ白になる。何の話をしていたのか聞いていない。 妙な空白ができる。テンポが狂う。 「えっと」 「一緒に行きたいなって、ジャンと言っていたんですよ」 「わお! フォルスターくん、君たちってそんなに仲良しだったの?」 「俺の事務所にエレンって奴がいるんですけど、彼がジャンのことを紹介してくれて。それからの付き合いなんです。これからのVTRに出てくるおすすめのお店も、ジャンと行った店が多いんですよ」 「へ~それはお宝情報だね。こんなの、他の番組では言ってないんじゃない?」 「そうですね。この番組にはジャンが出ているから、特別にね」 「それはそれは、ジャンのおかげだね! 今ごろSNSとかで、ここの名前が急上昇してたりしないかなぁ」 「だったらいいですね笑」 フォルスターが、さっきとはうって変わって滑らかな返しを始める。 冗談を交えつつ、笑顔を見せるやり方は、流石俳優といったところ。カメラの向こうでスタッフたちが安堵の声を上げていた。これが打ち合わせのときのフロック・フォルスターなんだろう。なぜさっきはあんな塩対応だったのか理由は分からないが、視聴率につながる画が撮れれば番組として儲けものだった。 カメラはフォルスターに寄っていく。 フォルスターがMCと談笑をする間、ジャンは自分の失態について、心底悔いていた。いくら疑問に思うことがあったとしても、本番中にそれを悩むことは良くない。生放送じゃなかったから助かったものの、放送事故扱いされてもおかしくない状況だった。 もしもあのときフォルスターが話に割って入らなかったら、ジャンは首を切られていたに違いない。感謝をすべきだということは分かっている。その一方で、フォルスターがジャンと仲が良いと虚偽の話を展開していくところを、どこか他人事のように聞いていた。 ジャンとフォルスターは今出会ったばっかりだ。テレビを通して見かけたことがあったとしても、直接会ったことも、話したこともない。仮に、エレンがジャンのことを話していたとしても、一緒に食事に行っただの、ジャンがフォルスターに店をオススメしただの、そんな嘘を吐く理由が分からなかった。 仲良しアピールをして得するのはこっちの方だというのに。 「じゃあ、あれだね。そんなに仲良しなら、今度ふたりで何か企画をやってもらおうかな?」 「いいですねそれ。ジャンがいるなら、俺もまたこの番組に出たいです」 「嬉しいこと言ってくれるね!」 派手に膝を叩いたハンジさんの声で、はっとする。話が勝手に進んでいる。いや、でも悪い話じゃない。企画をやるってことはクビにならないということだ。 内心ほっとしながら、嘘も方便なフォルスターの話に、ジャンも負けじと口をはさむ。 「仲良しとか言わないでくださいよ、ハンジさん。こいつのファンって過激で怖いって有名じゃないっすか。オレがフォルスターと仲良しなんてこと知られたら、背後が怖いですよ」 相手が冗談を言うのなら、自分だって大袈裟なジョークを放り込んでやる。 身を乗り出してフォルスターの肩に腕を回すと、客席から悲鳴が上がった。編集さんには申し訳ないが、あとで音声を切り取ってもらわないといけなくなりそうだ。 ジャンは仕返しをするつもりでぐいっと腕を引っ張って、フォルスターと同じ画面に映る。冗談ついでにカメラに映れたなら儲けものだろう。時どきはこうやって映してもらわないと、世間から忘れられては困るからな。 しかしフォルスターは嫌がりもせず、むしろ雑誌の表紙を飾っているときと同じ爽やかな笑顔で、クスクスと笑った。 「フォルスターだなんて他人行儀な呼び方はやめろよ。いつも通り、フロックって呼べよ」 「は」 「仲良しなんだから当然だろ」 フォルスターは頭をこてんと倒して、オレの胸に後頭部を押し付けてきた。 してやられた。揶揄いのつもりで言ったジョークのあげあしをとって、こいつはさらなる要求を突き付けてきたのだ。これじゃ本当に仲良しじゃないか。でも、もう遅い。 「へえ~。ということは、いつもはフロック呼びなんだね!」 「そうなんです。こいつ、酔っぱらうとフォルスターって言いにくいから、フロックって呼び始めて。それでも時々噛むんですけどね」 「へえ、可愛いところがあるじゃないか。ジャン」 ハンジさんがにやにやと笑う。何か言いたそうな顔だ。 「随分とフォルスターくんと遊んでいるんだね――?」 見当違いも甚だしい。一度もこいつと遊んだことがないっていうのに。 他の芸人たちがうらやましそうに「おれとも遊んでくださいよ~」と声を上げているが、ジャンはそれどころじゃなかった。芸人との付き合いが悪いことで有名なジャンが、大人気俳優とよく遊んでるという噂が流れてみろ。有名俳優にのみ良い顔をして、自分を売り出そうとしている悪い奴みたいに見えるじゃないか。ふざけるな。寝る暇も惜しんで生活費を稼いでいるというのに、ファンが少ないながらも頑張ってきた芸人人生を滅茶苦茶にされてたまるもんか。 「あのオレ、遊んでるわけじゃないっすよ」 「違うんです皆さん、ジャンは遊んでるんじゃなくて、俺と一緒に住んでるんです」 「は?」 「だから一緒にご飯食べに行ったり、酒の飲み方を知ってたりするんです。言葉足らずですみません」 フォルスターの爆弾発言に、スタジオが静まり返る。そして、共演者全員が驚きで立ちあがった。 その中にはジャンも居た。一体どういうことだ。一緒に住んでいるって、どうしてそんな大きな嘘を吐くんだ。 フォルスターに聞きたいことは山ほどあった。しかしここはスタジオだ。間違ってもこの人気者を嘘つきなどと呼んではいけない。 ジャンは罵りたい気持ちをぐっと堪えて、嘘を続けていたフォルスターの腕を引っ張る。 力を籠めて、ぐいっと引いた。 「フロック!」 言い慣れない名前に、舌が縺れそうになる。全然言い易くないじゃないか。 勢いよく腕を引かれたフォルスターは一旦言葉を止めたが、すぐにドラマ最終回で見るような華やかな笑顔で微笑んだ。 「悪い、ジャン。ばれちまったな?」 その一言で、スタジオの中に黄色い声が響き渡った――。