A CONTE~ストーカー系俳優さまの思惑~ 第2話
放送終了から、三日後。 フォルスターに無料アプリで呼び出されたとき、ジャンの苛立ちはピークに達していた。 この男のいやらしいところは、ジャンの目が届かない個人SNSで情報発信をしているところだ。 「どういうつもりだ」 「苛々としたジャンの顔もいいな。感情剥き出しに怒っているのを見られたってだけで、グッとくるところがある」 噂の元凶は表情を変えず、口だけ白々しく話題を逸らそうとしたので、流石に話をさえぎった。 「馴れ馴れしくファーストネームを呼ぶな。オレは許可してねえぞ」 「なら、俺をフロックと呼べ。それだけで心の距離が近づいたような気分になるだろ?」 「そんな冗談言う暇があったら炎上を止めろ」 テーブルに上向きで置いたスマホの画面を爪弾く。真っ黒な画面の下に、おびただしい数の通知が入っていた。溢れんばかりの罵詈雑言は、番組放送から三日間経った今でも減る様子がない。ジャンは仕方なく、SNSの通知を切る羽目になった。 フォルスターに『会わないか』と誘われ、気が進まないながらも会う決心をしたのは、それが理由だった。 「オレの連絡先をなぜ知っていた」 「エレンに聞いた」 「アイツ……」 「エレンは俺たちの友情を喜んでいるぞ。このまえの初共演も見てくれたらしい」 「オレの番組を、あいつが本当に見たのか?」 ここ数年、連絡のまったくない薄情な元相方の行動にしては、にわかに信じがたい。見たと言いながら実際は見てないんじゃないか。口から出まかせの可能性があった。いや、今はそんなことどうでもいい。 フォルスターが部屋を見渡す。兎小屋のようにこじんまりとしたリビングが物珍しいのか、さっきからずっときょろきょろしていた。 「あんまキョロキョロすんな」 「見られると困るものがあるのか?」 「それ以前の問題だ。オレとお前は友人ですらないし、ましてやほぼ初対面だ。そんな奴にじろじろと部屋を見られて気持ち良いわけないだろ」 「ならフロックって呼べよ」 「何の話をしてんだよ。話を聞いてたか?」 「名前だけじゃダメか。じゃあどうすればジャンと仲良くなれるんだ」 見るな、と言われてから手持ちぶさたになったフォルスターが、身につけていた指輪をくるくる回して遊び始めた。サイズがすこし大きめらしいが、そのデザインを見てジャンはぎょっとした。 お前、それ三十万するやつじゃねえか! 喉から手が出るほど欲しかった、しかしジャンは買うことができなかったブランド物の指輪。それを二つもつけてやがる。売れっ子人気俳優の月収は、ジャンの年収に匹敵するのだろう。 フォルスターは指から外したブランドを、わざと見せびらかすようにしてジャンの前に置いた。自分の価値をそれで証明しているつもりらしい。なんてチープな脅し方だろう。こんなやりかたで靡くと思っているところが幼稚なんだよ。 「オレにもう関わるな」 ジャンは安い男だと見られていることが癪に触って、語尾を強めた。 「なんだ、売れたくないのか」 「大きなお世話だな。金がらみの付き合いは、仕事だけで十分なんだよ。プライベートでお前と会うつもりは一切ない」 「俺といればSNSが盛り上がるぞ。写真だっていつ撮ってもいい、許可してやる。番組でもばんばん俺の名前を言えよ、俺もお前の名前を出してやるから」 「フォルスター、お前は自分の安売りをするな。その地位を獲得したのはお前の力だろ。それをオレが利用してどうする。そんなんでオレが喜ぶと、本気で思っているのか?」 辛辣な視線をもってして、相手を黙らせる。もうこれ以上、ふざけた戯言は聞きたくなかった。 フォルスターは幼い頃に劇団に入団して以来、学校にもろくに行かなかったと番組内で言っていたが、その弊害なのか、人との付き合い方が破壊的に下手くそらしい。 友人になろうという相手に利点を宣伝してどうする。友人は利益関係じゃないだろうが。おそらくジャンとフォルスターでは根本が違う。 そんな自分たちが仲良くなれるはずがない。 「それ飲んだら、帰れ。話はおしまいだ。分かるだろ? オレは口が悪いんだ。オレと付き合ってたらお前まで評価が下がるぞ。それにSNSに写真を載せたところで、評価より批判の方が多いんだからな。今回炎上させたのはお前かもしれねえが、オレも人のこと言えたクチじゃねえんだよ」 口をはさむ暇もないぐらい弾丸トークで帰路を促すと、流石のフォルスターも思うところがあったのか、指輪を元に戻していた。そして薬指にはめたそれをそっと撫でた。 そこは一般的に結婚指輪をつけるための薬指だった。 「そんなことを言ってくれるのはジャンだけだ」 「は?」 「やっぱりお前と仲良くしたい」 フォルスターのしつこさに、目の前が回る。執念深いというか、頑固一徹というか。テレビ越しに見かける素っ気無い態度とはまったく違う、イヤイヤ期の子供のようなしつこさ。一体何がこいつをそれほどまでに駆り立てるのか。無理して仲良くなっても決して良い関係は築けないと思うが、このまま否定し続けてもフォルスターは折れないだろう。とりあえず、話を合わせた方が早い。 「そこまで言うなら、わかった。とりあえず仲良くしようぜ」 「本当か?」 「ああ本当だ、フロックって呼んでやる。でも勘違いするなよ、オレはお前のことを番組で余分に呼んだりはしないし、お前も必要以上にオレに絡むな。あと変な嘘はやめろ」 「わかった。友人の言うことだからな、ちゃんと守ってやるよ。でも本当に夢みたいだ、ジャンと仲良くなれただなんて」 「大袈裟な奴だな」 「そうでもないさ。友人と一緒に企画をすることが夢だったんだ」 「企画?」 何の話をしているんだとたずねると、フォルスターは持参していた紙袋を漁りはじめた。異様に大きな袋を持ってきたなとは思っていたが、まさか仕事用だったとは。見た目によらず仕事熱心なところがあるようだ。 テーブルにそのまま広げようとしたフォルスターを制して、濡れたコップの下を布巾で拭く。ナチュラルに資料を濡らそうとするのだから信じられない。 「今日はこれについて相談するつもりだった」 手渡された資料はホッチキスで止められ、わずか二枚程度。そんなに難しい企画ではなさそうだ。 番組レギュラーの自分よりも先にフォルスターの方に企画を通されていたことに若干イラッとしたが、それはこいつに言っても仕方ない。 これはまた、酷い企画だな。ざっと資料に目を通したジャンは、率直にそう思った。 「まさかこれをOKしたのか?」 「やるしかないだろ」 「プロ魂ってやつかよ。番宣がかかってるともなれば、俳優サマはお強いな。それに、よくおたくの事務所が許可したもんだ」 芸人と俳優の事務所では対応がかなり違うだろう。今一番勢いのある俳優を抱えた事務所が、よくもまあ重い腰を上げてくれたもんだ。流石は新進気鋭の事務所といったところか。 「〈お笑い芸人が超人気イケメン俳優と付き合ってる〉ドッキリ、ね」 何の捻りもない企画名にこめかみが痛くなる。 名前だけでなく、内容までふざけきっているもんだから手に負えないよな。一体誰が考えたんだ。 「ジャンの事務所には許可取ってあるぞ」 「お早いことで、ご苦労さま。それでターゲットは誰なんだよ? お前の先輩っていったら限られるぞ」 ターゲットの欄には〈先輩〉としか書かれていなかった。 「ライナー・ブラウンさんだ」 「お前がブラウンさんと話すのか?」 「いや、入れ替わりでそれぞれ話しかけることになった。まずはジャンが先輩と話して、疑心暗鬼にさせたところで、先輩には次の現場に行ってもらう。その現場は俺も出るドラマだから、そこでの待ち時間でさらに追い打ちをかけるって感じだ」 「踏んだり蹴ったりだな、あの人」 軽口を言いながら企画の流れを詰めていく。きっとフォルスターは上手に嘘を吐くんだろうなと思っていたが、こうして話してみると案外仕事熱心で真面目な面が見えてきた。 星の数ほど存在する若手俳優の中で、今年度のトップに君臨したのはこいつだといっても過言ではない。そうなるために、おそらく相当ストイックな仕事の仕方をしてきたはずだ。生半可な努力じゃこの人気になるまい。 ブラウンさんを信じさせるために小細工をしよう。 そう言い出したのはフォルスターだった。 話は変わるがジャンには困っていることがあった。 まさか余分な収録が入るとは思っていなかったため、いつも通りバイトを入れていたのだ。すでにシフトは決定しており、それを覆して一日丸々抜けるというのは流石にマズい。もしかしたら、時間帯だけならずらしてもらえるかもしれない。そう期待するしかなかった。 「撮影日に予定入れちまってる。だからオレの分が撮れたらすぐに抜けるぞ、別にいいだろ?」 「ジャンはいつも忙しそうだな」 「はあ?」 各方面に引っ張りだこのフォルスターと比べたら、それを越すほどの忙しい芸能人なんてそうそういないに違いない。フォルスター本人の意図がどうであれ、バイトを掛け持ちしているだけのジャンのことを褒めたのであれば、これほど見当外れなコメントはあるまい。 「お前ほどじゃねえよ」 ジャンが嫌味で言い返すと、フォルスターはにっこりと笑顔を返してきた。 一週間後。 収録は滞りなく行われ、バイトに支障のない時間に解散となった。 フォルスターの方の出来栄えについて、マネージャーに確認しようかと思ったことはしばしばあったが、鎮火した炎上とはいえ、火種がいつどこからまた燃え広がるか分からないので、自分から余計な詮索をするのはやめようという考えに落ちついた。 二カ月が過ぎた。 テレビ画面にフォルスターの指が映ったのを見た途端、ジャンはすべてを察した。 『今度の休みにジャンに渡そうと思うんです――。だけど』 フォルスターは意味ありげに言葉を区切って、ブラウンの興味をあおった。 輪の側面には見たことがあるブランド名。 カメラがズームになり文字の輪郭まではっきり分かると、ご丁寧に〈F to J〉と彫られていることがわかった。仕掛け人のジャンでさえ、唖然としてなりゆきを見守ることとなった。その指輪は一つ三十万円以上はする代物であって、番組のおふざけのために、おいそれと名前を彫って良いものじゃない。それにその形、妙に見覚えがあるなと思ったが、以前ジャンの家で見せびらかしてきた指輪じゃないか。 特番でもない、たかが短い尺のプチドッキリ企画にしては、あまりにも質の悪い小道具ではないか。 『ジャンは喜んでくれるでしょうか……突然渡したら重い男なのかなと』 『いや、そんなことはないんじゃないか。あいつの方も、この前の撮影で会ったとき、やぶさかではないと言っていたぞ』 『ジャンがそんなことを――』 長い睫毛を揺らし、目をぱちりと瞬かせる。フロック・フォルスターは、まさに演技をするために生まれてきた男だ。きょとん、という効果音を見事表現してみせた。もはやブラウンが二人の交際を疑う余地はない。あまりもすぐに信じてしまうものだから、物足りなさすら感じたぐらいだ。 『ブラウンさんは成功すると思いますか?』 フォルスターが指輪の箱を取り出す。 高級感のあるベロア素材のジュエリーケースが、大きな口を開いて婚約指輪を見せびらかしていた。ダークグレーに一点のダイヤの輝き。〈永遠〉の意味を持つ宝石も、こうして見るとチープなもんだ。 ブラウンがおずおずとうなずいた。 『俺は上手くいくと思うぞ』 『ありがとうございます。……はは』 『どうしたんだフォルスター、突然笑ったりなんかして』 『俺もピッタリだと思うんです』 フォルスターは明朗な青年の顔をして白い歯を見せた。 ブラウンさんが、険しい顔つきをして何かがおかしいと気が付きはじめた。 『ま、ドッキリなんですけどね』 その台詞を皮切りに、番組SNSはトレンドランキング一位を獲得した。 #バカ択ドッキリ #フロックやばい #指輪のブランド それに次いで、 #キルシュタイン死ね の文字が流れてきた。 タップするのも躊躇されるような見出しだ。こんな売れ方をして、将来フォルスターはろくな目に合わないだろうと薄々感じていた。 パンクしそうな勢いで通知が入ってくるスマホをソファーに投げ捨て、ベッドに寝転がった。二度目の誹謗中傷に、もう慣れたつもりだったが案外そうでもなかったらしい。 「ほんとに……何なんだよ」 次の収録で指輪ネタを掘り下げられることを考えると、ジャンの気分はさいあくだった――。