自動販売機 第2話

怪我は一日経つと余計に痛くなるらしい。 朝陽が差し込む自室で、朝練のために早起きをした竹谷は、ベッドの上で唸っていた。 「いって~!」 どこが痛いって、自分の体重で負荷がかかる部分……特に尾てい骨が痛い。あと肩の付け根、首も痛い。いやこれは寝相の問題だ。兎にも角にも身体じゅうが痛い。 時間が経てば経つほど痛いだなんて年寄り臭いぞ、という家族の憐みを受けながら、鞄に弁当を入れた。 これは朝練も十分にできないかもしれない。 骨折のときすら手加減してくれないバレー部の部長の顔を思い浮かべながら、どう言い訳をしようかと考える。 どうせ正面から言っても、 「そうか! じゃあレシーブしろ!」 と笑って吹き飛ばされるのだから、あの人は本当に人の話を聞かない。言っても無駄だろうということは明白だった。 先に顧問に言っておくべきか―――。 (七松先輩、容赦ないもんなぁ) そう考えながら玄関を出た。 相変わらずここは、朝霧の濃い街だった。 電車が遅延する理由の多くは、シカとの衝突。始発が次の電車と一緒になるなんてしょっちゅうあることだ。 四半刻に一本しかない電車は、ひとつ逃せば遅刻は必須。 いくら始発とはいえ、朝練に間に合わない可能性もあるため急いで駅に向かう。 竹谷はそこで電光掲示板がいつも通りの運行を示していることを知り、ホッと胸をなで下ろした。 「今日はラッキーだ!」 思わずガッツポーズが出た。 朝練が十分にできなくてそのうえ遅刻だなんて、上下関係に厳しい七松に知られたら、にっこり笑いながらボールにされるだろう。比喩ではなく本気で。 とにかく今日は遅れないように学校に行って、顧問に事情を説明しなければ。授業に出れないぐらいに身体を痛めつけられる―――今日の自分の末路を案じて、身が震えた。 「うわ! 定期更新し忘れてた……」 改札口で取り出した定期券の日付を見てギョッとする。そういえば昨日で切れるのだった。 昨日といえば財布を届けてもらったり(おかげで学生証代が浮いた)、階段から落ちて怪我したりと色々あったため、親に頼むのを忘れてしまっていた。 きっと今日帰ればまた叱られるのだろう、どうして早く言わないのだと。それを想像して、また竹谷は気が重くなる。 なんだ、全然ラッキ―じゃないじゃん。 唇を尖らせながら、切符売り場に赴き400円を機械に入れる。電車の出発までに時間があることだけが救いだ。 表示されている値段の中から380円を探して指を彷徨わせていると、ふと音が聞こえる。 ピーピーピーッ。 「ん?」 なんだこれ、アラーム音か? それにしてはよく聞きなれた音である。まるで自分がいつも朝にかけている音のような気がする。……というか本当に自分のスマホじゃないか? ピーピーッ。 ピーピーッ。 「うわ、うっさい!?」 やはりそうだ。 竹谷のスマホというのも、時間が経てば経つほどうるさくなる、変にお節介なアラームなのだ。 これは田舎とはいえ他の学生の迷惑になるかもしれない。 朝早い時間で誰ともすれ違わないながらに焦っていれば、駅のホームから電車の到着を知らせるアナウンスが流れ始めた。 『―――まもなく大川方面から』 これはまずい、電車が来てしまうらしい。これを逃せばあと四半刻は乗れない。 「ああ、もう!」 こうなったら電車の中で切らせてもらおう、申し訳ないが。 そう思った竹谷は切符を改札口に押し込んでから駆け出し、トイレの前を左に曲がっては階段を走りおりる。 「よっとっと!」 不意に昨日の足を滑らせた事故を思い出して、足が竦みかける。今はそんな場合じゃないと足に命令を送って、階段をそのまま駆け下りていく。 ここの階段は長くて大きい。田舎にあるにしてはもったいない、とみんなで言っている。 それが残り半分かというぐらいになったときだった。 がくっ 何故か膝が曲がった。 ヤバいッ、と思ったときには遅かった。 「ちょ……ッ!?」 待ってくれよと自分に静止をかけるが、傾いた身体は勢いを殺せない。リズムを失った足はお互いに絡み合い、引っ掛け合った。宙に体が浮いた感じがする。直後、ドンっと聞き覚えがある鈍い音がして、遠くの方で鞄が落ちた。同じくらい重い音が左半身からして、次いで激痛が走る。 「いイッッ!!」 ちょうど昨日ぶつけた肩の付け根を強打したらしい。関節の痛みに歯を食いしばる最中にも階段を転がり落ちる。鼻頭を一度段差にぶつけて鼻血が出た。これ以上ぶつけたくないという一心で、背を丸めて顔を守る。 勢いのまま転がりつづけ、一生続くかに思えた転落も地面に着いたのだろうか。背中を最後打ち付けてから、それ以上身体に痛みが増えないことにホッとした。 じんわりと後頭部から生温かいものが広がっていくのを感じる。 そして見上げた階段の上に、やはり誰かいるような気がした。 「おはよーございまーす」 最大限に適当に、と挨拶をしてきた後輩へ返事をする。 「もうちょっと元気に挨拶できないのか?」 「ムリでーす」 「ああそうですか」 そりゃコイツに頼んだのが間違えだった。竹谷はすぐに反省する。 あまり関わったことのない後輩ではあるが、この穴掘り小僧が元気に話しているところなんて、キレイで完璧な穴が掘れたときだけだろうということは分かる。 変人が多い作法委員会の次期委員長ということもあって、竹谷は彼を少しばかり敵対視していた。なんせ彼は穴掘り小僧とはよく言ったもので、生物が落ちやすい罠をよくもまあ、巧妙に作ってくれるのだから。 「で、どうしてお前は五年生長屋の廊下にいるんだ?」 「勘違いしないでくださ~い」 「はあ?」 「僕は六年生長屋に用事があるんです。そこに向かう途中、良い感じに土が乾いてるのが見えたから、少し掘ってみたくなっただけでーす」 「んだからっ、それが迷惑だって言ってんだって!」 「大きな声出さないでください」 朝っぱらから元気ですね、と耳に指を突っ込む姿にまた苛々する。そうとはいえ朝から気を荒立てていても仕方がない。 竹谷は深呼吸をして、自身の気持ちを落ち着かせた。 それから自室の前から移動しようと進行方向を向き直す。 「どこ行くんですか?」 「朝だから食堂で朝飯食べるに決まってるだろう」 「そーですか」 聞く気があるのか無いのか、部屋の前で穴を掘り始めた彼を見ながら竹谷は答えた。すでにこっちには背を向けている男だ。穴掘りに欠かせない踏子ちゃんをせっせと動かしては、下半身を土の中に埋めていっている。 「お前は行かないのか? もう食べたのか?」 「僕は立花先輩と一緒に食べます。あの人、いま動けないから」 「へえ~」 どうして動けないのだろうか? 気にはなるが寝惚けている頭は正常には回らず、まあ忍者だしそういうこともあるかと自分の中で納得してしまった。なんだか長い夢を見ていたような感覚があって、頭の中がいつも以上にぼんやりとしている。 だからこそ彼がつづけて言った、 「潮江先輩がいないとどうにもならない」 という台詞にも、 「へえ」 としか返せなかった。 なんとなく返事をしていた竹谷だったが、段々覚醒してくる頭でふと思い出した。 こうしてはいれない! たしか級友に席の予約を頼んでいるんだった。 約束を破って怒るような相手ではないが、それでも守るに越したことはない。 「じゃあな」 と言って竹谷は歩き出した。 その背中に向けて、無関心そうな後輩は一言述べた。 「さようなら」 彼と別れたあとの竹谷はというと、食堂の前で待っていた級友に謝罪とお礼を述べていた。 「すまん! 遅れた」 「いいよ別に。でもどうしたの、寝坊ははっちゃんらしくない」 「いやそれが穴掘り小僧に注意してて」 「一体何されたんだよ」 笑いながら級友は食堂に入ることを促してくる。 竹谷はそれに乗りながら、ここに来るまでにあったできごとを話す。 「あ、」 ふと部屋の中に洗濯物を忘れてきたことを思い出す。 そういえば今日は朝いちで、三郎が洗濯大会をすると張り切っていた。 「先、食べててくれ! 悪いけど洗濯物取ってくるわ」 「三郎のやつか?」 「そう! 忘れてたんだ」 慌てて席から立ち上がって口早に告げれば、「いいよ待ってるから行っておいで」と言われた。 何だろう最近気を使われることが多い。だってこの台詞昨日も言われた気がする。 申し訳ないながらも自分じゃ洗濯する気にもなれずに溜まっていく衣類に、もうこれ以上代えはないというわけで。今日中に洗わねば明日の忍装着がない。 急いで食堂を飛び出し、自室に向かった。 とりあえず洗濯物を片っ端からかき集めて、それから三郎にお詫びの品の提案をすることを企む。アイツのことだからタダじゃしてくれないはずだ。 棚の中にお菓子は残っていたか? そう思い出しながら五年生長屋を走る。先生に見つかれば叱られてしまうため、そこは五年生として足音を立てずに。 「あれ?」 ふと自室が見えて来たとき、庭を見て首をかしげた。 来るときにはいた穴掘り小僧が居なくなっていたのだ。 まさかもう掘り終ったのか? それとも誰かが来て止めたのだろうか?  いろいろ推測するに正解は分からず、とにかく自分の庭のスペースは守られたことに安心する。 「あ、でも」 もしかすれば庭に罠があるかもしれない。 竹谷の部屋は生物委員会が困った際の駆け込み寺になっているため、ちゃんと庭を整備しておかねば、下級生が怪我をしてしまう。 早く食堂に戻りたい気持ちを抑えながら、庭に飛び降りる。見る限りはなにも地面に変化はなさそうだ。しかし上級生の敷地に作るぐらいだ、下級生用の生易しい穴じゃないはず。 見つからないように土の色さえも細工されているかもしれないため、細部まで目を凝らす必要がある。 竹谷は、自信のある視力の良い眼を駆使して辺りを見渡す。 それから「うん」と頷いた。 どうやら何も出来ていないようだ。やっぱり誰かが止めてくれたんだな。 竹谷は納得しながら身体を持ち上げ、もう大丈夫かと壁の方をなんとなくみた。そのときふと、壁と木の間の陰に見えたような気がした。 「ん?」 じーっと目を凝らす。 なんとなく四角いものがある。 (何だアレ……箱? 今まであんなものあったか?) 不審に思いながらも、色々と考えてみる。 もしかすると用具委員会が何か作ったのかもしれない。会計委員会に見つかればまた、予算の無駄遣いだとかなんだとかで問題になると思ったのやも。 とりあえず調べてみよう。あんなに大きな箱だ、外部から間者が運んでくるには無理があるはずだ。 それほど危険ではないだろうと高を括りながら、近くに寄ってみる。 「フィギュアか?」 箱の上のこちらに見える部分には、人の頭部のようなものが入っていた。 ―――なら、どうしてこんなに竹谷が驚かないのか。 それは単純にその人型のモノが、あまりにも自分の顔そっくりだったからだ。またその隣の箱にも後輩のひとりとそっくりなものがズラーっと並び、合わせて五個ほど存在していた。 どういうことなのだろうか? どうしてこんな、薄気味悪いものが隠れるようにして木の後ろに置かれているのか。自分のフィギュアを売るにしても、学園長先生ではあるまいし、竹谷は嬉しくなかった。 正体不明な箱に困惑を隠せないまま観察を続けていると、その箱の側面に変な突っ張りがあることに気づく。 「ん、なんだ?」 それを人差し指で触ってみれば、軽くへこむ。なんだこの感覚。まるで押すためにあるようだ。 それからその隣に、へらべったくて丸い穴があることに気づく。そのすぐ上に『2銭』の文字が。 「ああこれ、お金入れる穴か」 なんとも商売上手なカラクリだなあと思う。もはや箱じゃない、この銭を入れたくなる作りは、カラクリと言ってもいいだろう。 兵太夫辺りが作ったのか? また会ったら褒めておかないと。 そう考えながら、すごいものが見れたお礼にと竹谷は懐に入れていた巾着を出した。 「1枚、2枚っと」 指定された枚数だけ、それをそのまま穴に入れる。そして何となく隣の突っ張りも押してみた。これがまるで正式な使い方だと知っているような、流れる動作で。 ピィっ がたんッ  

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