炎上騒ぎ中でもみかんは美味い
大掃除も昨日に済ませておけばすることもなく、今日は一日炬燵に入って過ごしていた。 夕方になって来客を招きいれていると、 「おせちは?」 とふざけたことをたずねられた。 実家ならまだしも、ひとり暮らしで食べきれる気がしないので、おせちは毎年作っていない。第一エレンだっておせち料理で食べられないものが多いくせに。そういうのは自分で作れるようになってから言えっつーの。 コンビニで買ってきたカップ蕎麦を二人で啜っていると、テレビ画面にちょうどそのCMが流れた。 「ん」 「七味か?」 「ちゃう、ふぉれ! ごっくん――テレビ!」 「あー。コンビニでコラボキャンペーン中なんだよな。対象商品二つでレジにてコラボ商品プレゼントってやつ。ジャンはどれにしたんだ?」 「お、教えねえ!」 「……ふーん、怪しいな?」 エレンが形の良い顔を愉快そうにみせてくる。女顔だの小悪魔系男子だのといわれていた子役時代は過ぎ、もう立派な大人の顔立ちになっていた。つんと上をむく高い鼻のしたで大きめの唇をにっこりとさせて、この100年にひとりの美青年は目を細めた。 「彼氏様じゃない男でイイ奴いるっけ? まさかアルミン? それともリヴァイさん?」 「も、もらってねえ…」 「今隠したレジ袋みせろよ」 「レシートしか入ってません!!ほら、蕎麦伸びるぞ!?」 「ふーん」 あわててレジ袋を炬燵布団の下に隠す。これを見られたら顔が爆発してしまう。付き合っているくせに彼氏のファイルが欲しくて、あえてコンビニ蕎麦にしたなんかしられたら……この意地悪大好きな男は何をいってくるか分からない。だいたい何もなくても揶揄ってくるというのに…。できれば年越しぐらいはのんびりすごしたい。 「俺は、ジャンが俺のグッズ持ってたら嬉しいけどな」 「!――げほっ、けほっ、そ、そうかよ…」 マジか……ってことは別に見せても…。 ――いや待てよ、そう言っておきながらあとで揶揄ってくるのがエレンだろ!?騙されるなオレ! どうせあとで“俺のこと好きすぎだろ、重っww”とか噴き出してくるに違いない。 ……危ない、騙されるところだった!! レジ袋を傍に寄せながら汁を啜っていると、エレンがテレビのチャンネルをいじり始めた。歌番組に飽きたらしい。つくづく風流のない奴だな。年末といえば兵団別歌合戦だろうに。 「あ、これおまえが出てるやつじゃね?」 「よく知ってるな。いちいち調べてんのかよ」 「た、たまたまな…」 危ないばれるところだった。エレンは自分が出る番組をこまめに見るタイプじゃないため、オレにもあまり教えてくれない。調べないと知るはずがないのが現実だった。 右上のテロップには、『年末恒例!?今大人気の俳優&芸人にドッキリ仕掛けてみました!』と書かれてあった。どのチャンネルでも年内に一度は放送されるそれだ。Twitterをあさったときに、タグでエレンの名前がついていたのをオレは覚えていたので、偶然を装ってこのチャンネルにしようと企んでいた。 オレはラッキーだと思い、このままのチャンネルでいいじゃねえかと提案した。 「エレンの驚く顔がみてえしな!」 「悪趣味だな…」 「いいだろ? お前最近、役的にしんどいやつばっかで、ファン人気も偏り気味だったし。この番組に出てイメージアップすんじゃねえの?」 「別にどっちでもいいんだけどな」 「はいはい」 ここ半年のエレンのしてきた映画、ドラマを書き出していけば、そのサイコキャラの多いことに驚く。主人公を裏切る気の狂った若者役からはじまり、恋人につきまとって無理心中を図るストーカー役や、世界を敵に回しながらも仲間を助けようとするダークファンタジーの主人公役をしてきていた。エゴサーチをしないエレンのかわりに調べてやると、エレンに対する『怖い』という意見の多いこと多いこと。 たしかにコイツの顔って、整いすぎて、普通に見る分にも人形みたいに怖いもんな……。 炬燵の上に置いてあったミカンを勝手に剥いては白い皮ごと口に放り込む、ワイルドな彼氏をじーっと見てみる。――うん、顔だけは無駄に良い。本当に顔だけは。 その実、口の悪いことといったらこのうえないのだが。テレビではそんな姿を見せていないので大丈夫だろう。 ずっと見ていると、エレンがちらりと視線を送ってきた。 「…何見てんだ?ミカンいるのか?」 「いる」 「口開けろよ」 「あーん」 「…」 「おい無言やめろ、恥ずかしいだろ!」 「大きい子供がここにいる」 「やめろ!!」 餌を待つ雛のように口をひらいていると、エレンはまるっこい目をさらに丸くして感動していた。おい恥ずかしいから早く入れろよ! むしり取るようにしてミカンを食べていると、テレビから聞き慣れた声がした。 「へ~アルミンも出てんのか」 「卑怯だよな、絶対上手えもん。ま、打ち合わせあったんだけど」 「ほうほう」 『プライベートでも仲良しだとお聞きしましたが、今回ドッキリ仕掛け人になることに、心が痛んだりしたんじゃないでしょうか?』 『そうですね…。僕はエレンと幼い頃から一緒で、番組とはいえ騙すことになったんで…とても楽しませていただきました(ニッコリ』 『案外乗り気なんやね、きみ?』 方言の効いた司会者が笑いを誘うツッコミをしたところで会場から声が上がった。バラエティーにくそ真面目なコメントは似合わないとよく知っているな、と感心する。 スタジオに招かれたのはアルミンだけのようで、エレンはVTRにのみ参加するようだ。てっきりスタジオにも映るかと思ってた…これは尺が短いかもな。 「打ち合わせあったってことは、やっぱりやらせなわけ?」 「いや打ち合わせっていっても、こういうことがあるかもしれません~みたいな軽いやつ。いつするからこういうリアクションでやれ、みたいな台本はないし」 「俳優も大変だな――お、これこの前オレが選んだ服じゃねえか」 ターゲットとしてカメラに映りこんできた黒髪の美形は、白いニットのだぼっとした上着に細めのシルエットの服を組み合わせて出てきた。黒いボトムスはハイウエスト気味で、茶色の服をインすることで腰回りがすっきりとしてエレンの線の美しさを強調できていた。ちなみに首に巻いている灰色のマフラーは、オレが去年のクリスマスに手作りしたやつだ。(なんか子供と一緒に編み物にハマってた時期がある) どれもこれもオレがコーディネートしたものだった。 記憶をたどってみると、一カ月ほど前にオレが見繕ったやつ――だよな? てことはその頃に撮影があったのか。その時期のオレはというと、七五三参りの準備で仕事が忙しかったのだ。なんせ子供が多かった。エレンの仕事に気が回せなかったのはそのせいだったとみて間違いない。 『カフェに、番組のニセ打ち合わせだと呼び出されたエレン・イエーガーさん。子役から今も最前線で活躍し続ける彼に、ドッキリを仕掛けたいと思います!』 「今さらだけどこれ、女性関係のドッキリ?」 「いや違う。どうしたんだ?」 「ならよかった。もしそうだったら、オレ、チャンネル変えてたわ」 「…嫉妬」 「ばーか」 軽口でつっこむ。エレンの言ったことは半分事実だから恥ずかしくなって、どうにか誤魔化した。 ふくらはぎに違和感がある。――エレンの足だ。指でつんつんと機嫌を確かめるようにつつかれる。はん、そんな子供みたいなことされても許しません~。 マグカップで口元を隠しながらテレビの方を見た。返事はしてやらないからな。…一応足では蹴り返した。 『ドッキリ内容はこちら! もしも大親友であるアルミン・アルレルトさんから突然結婚するという報告をされたら?』 「あ~なるほど」 「俺に危害はねえだろ?」 「たしかにな。でもお前ら、なんでも話し合ってるし騙されるってこともないんじゃね?」 「それなんだよな、まずそこからして内容間違えてんだよ……このミカン酸っぱい」 「もっとスタッフもサーチすべきだったな。…よこせ、食うから」 「悪い」 ぱくり、と口に飛び込んできたミカンを咀嚼する。あー酸っぱい、たしかにこれは頭が痛くなる。 紅茶でごまかしながら飲みこむ。テレビの下の時刻は22時をまわった。そろそろ日を跨ぎそうだな。番組も終盤に差し掛かってきて、過激なことはなくなってきた。 案の定画面の中のエレンも一瞬目をぱちくりとしたが、すぐに口角を上げてテレビ用のスマイルを飛び出させていた。今のは視聴者に向けたサービスだな。すぐ分かった。 「いっこも騙されてねーじゃん」 「バレた?」 「そりゃもう」 まずさっきも言ったけど、アルミンにまつわるドッキリって時点で結果は見えてる。オレよりもはるかに付き合いの長いアルミンのすることなんて、エレンなら大体わかってるはずだ。しかもアルミンもそれほど騙すつもりがないのか、たびたび視線をちらつかせてエレンにヒントを送っていた。あれじゃ、どこにカメラがあるか教えているようなもんだ。 画面のエレンは眉を寄せて、唇を尖らせていた。自分が可愛く映る角度をよく知っている人間だ。頬をかすかに膨らませてみるといじらしさはますます増して、ああ本当にこいつはテレビの人間なんだな…と認めざるを得なくなった。 「――ジャン?」 「ふぇ、な、なんだ…?」 「テーブルに顔つけてるから眠いのかと思った」 「ちげーよ…ばーか」 ミカンを持ちあげてエレンの前に置く。もう一個剥け、それを食べる、という意思表示だ。エレンはオレが拗ねていることに気がついているみたいだけど、何も言わずニヤニヤとしながら剥いていた。 最近エレンが余裕綽々としていることが多くて、なんかもやもやする…浮気されてないかだけが心配だった。 (もしかしたらどっかのアナウンサーと会ってるかも、なんて週刊誌もあったな) コンビニで立ち読みしたときに大きなショックを受けて買いそびれたけど。結局調べる気にもなれなくて、どこの誰かまでは突き止められなかった。 そういうこともあってオレは、エレンの出る番組を意地でもチェックして、他の出演者の中にエレンが惚れそうな奴がいないか確かめるようにしていた。その甲斐あってか、今のところエレンがうつつを抜かしそうな相手はいなかったが、まだまだこれからもエレンは売れるだろうし…と考えると、気は抜けなかった。 そんなことをしているとエレンに知られたりなんかしたら『重すぎんだろ…彼女気取りか?』と呆れられるのは目にみえているので、内緒にしている。 なんとも涙ぐましい努力をしているな~とは自分でも思う。昔の自分が今の自分を見たら、両手を叩いて笑っているだろう。あの犬猿の仲だった相手にそこまで惚れこむなんて、落ちるところまで落ちたなって。だがこれも、100年にひとりの美青年と謳われる俳優、エレンと付き合っている、という奇跡中の奇跡が叶った自分への任務だ。努力することは当たり前だ。そうでもしないと、オレに勝ち目はない。 ミカンが剥けるまでぼーっとしてテレビを見ていると、ワイプに人気上昇中の女優エイド・ジャスミンが映った。…可愛い。エレン程とは言わないが大きくクリクリとした目に、愛らしいえくぼが印象的。たしか今年の顔にも選ばれたはずだ。 「えいど…じゃすみん…」 まず名前からしてずるいよな。ジャンなんてどこにでもある名前だし、平凡すぎる。それになんか芋臭い。クラスに二人はいる名前だ。キルシュタインってよく呼ばれてた。でも母ちゃんが付けてくれた名前だからと思って文句を言ったことはなかった。 それにしても、名前からして可愛い女優を前にしちゃあ…嘆きたくもなるよな~。 「ほいよ。ジャスミンがどうしたんだ?」 「ん、あんがと。…べつになんもない」 「そうか? 口開けろ」 今度のミカンは甘いな。美味い。エレンにも食べてみろと進めながらテレビを見ると、もうエイド・ジャスミンはいなくなっていた。ちらりと横目でみたエレンも、べつに画面を気にしている素振りはない。 (……あの女優はタイプじゃねえのか) なんとなく内心ガッツポーズを決める。 エレンの趣味は本当に分かりにくい。一般的に男が抱いてみたい女性ランキングに該当するような相手に興味がないらしく、学生時代にエロ本を見せたときも「何したいんだ?」と呆れられた。オレ的には結構いい本をチョイスしたつもりだったんだけどな。 逆にオレが風呂上がりに腰にタオルを巻いたままで出てくると、飛んでやってきて「ヤるぞ」と元気になっていることがある。なんだお前もともと男が好きなのか――と思いきやそんなこともなく。よく分からん奴だ。 新年が明けた。 年を跨ぐときにジャンプでもするか?と提案したところ、エレンに信じられないものをみるような目で見られたので断念した。 昨日唯一作っていたお雑煮を温めようかどうしようかと考える。というのも、エレンは今や有名な俳優なわけで、どこにいくにも人盛りができてしまうから、外出時間と行き先を考えないといけなかった。 「森を突っ切ったむこうにある神社でよくね?」 「お前がいいならいいけどよ…いつ行くんだよ。マフラーぐるぐる巻きにサングラスってのも嫌だろ?」 「苦しいから嫌だ」 「だろうな」 そうだとすると昼間の人が多いときは確実にNGだ。夕方もこの俳優に怪我をさせたりなんかしたら駄目だし、やっぱり朝方か。 「雑煮は帰ってからでいいか?」 「食えるならいつでもいい。丸餅三つな」 「ウチんちは四角いのしかありません~あと、焼いてから入れるけどいい?」 「焼き餅か、香ばしくていいな」 「だろ」 醤油でパリッとした表面をかじるのも最高だが、お雑煮に入れて出汁を染み込ませるのも捨てがたい。エレンも乗り気だったし、半分ずつにしてみよう。 外出前のエレンの変装タイムを玄関で待ちながら、餅の個数を考える。オレたちは働き盛りだし多めに作っててよさそうだ。 「はーやーくー」 「待てって。おいジャン、俺のマフラーどこだよ?」 「クリスマスのときのやつは洗濯機かけてんぞ」 「マジかよ。んじゃあ、俺がもともと持ってたやつは?」 「あの、風呂場の身体洗うシャカシャカみたいなだっさいマフラーなら捨てたぞ」 「はあ!!?なんで勝手に捨てんだよ!!!?」 「誰があんなくそだっっさいマフラーつけさせるか!!ヘチマか思ったわっ、もっとマシなやつ買えや!!」 「気に入ってたんだからなジャンの馬鹿野郎!!!」 「へーへー!!だっさい彼氏様となんざ歩きたくねえんだよ、いいから諦めてマスクしろっ!!」 目くじらを立てて怒るエレンの背中を蹴飛ばしてマスクを持って来いと催促する。 何が嬉しくてあんなダサさの再骨頂みたいなマフラーを買ったんだかと思っていたが、本人は本気でお洒落のつもりだったのか。あんなの買う奴はエレンか緑谷○○○ぐらいだと思うぞ!オレは本気で風呂場で使うのかと思って濡らしたしな!てかあれ普通に泡立ったぞ!? これで世を騒がすスーパースターなんだから、狂ってるな~と思う。服装だけでいったらダサダサ王No.1は不動のエレンで決まりだ。オレは自信を持っていえるぞ。 昨日のドッキリだってオレがコーディネートしないで行ってる日だったら、もうそれこそ放送事故だ。目も当てられない。正直今までスクープをとられないのが不思議なぐらいだ。 「つーか昨日のコーデ、褒められてたりしないのか?」 何となく気になった。むずむずしたことは調べろ、がオレのモットーだ。エゴサーチをしないエレンはきっと世論なんか気にしてないだろうけど、オレはどっちかといえば気になる方だ。 これからも輝くエレンのため、服装のコメントでもみて腕を磨かねばな。これもオレの仕事だ。 「え~っと……ハッシュタグ…ドッキリ、ハッシュタグ……エレンっと」 打ち込んでバーッと出てきた情報を見る。番宣のツイートが伸びている下をスクロールしていくと、ある記事が目についた。 「マフラー?なんだこれ……端の方に、イニシャルらしきもの……彼女のものか――――ぁ」 文字を目で追ってさあっと血の気が引いていく音がした。 ……あのマフラー編んだ時に、調子に乗ってオレ、イニシャルつけたんだった……。 やばいやばいやばいやばいやばいやばい。これは完全にやっちまった。本当にオレの落ち度だ。だってまさかあんなに小さく編んで、見えないと思ってたのに。エレンだって全く気付いてないし、もし誰かが気づいても隠しオシャレとして扱ってくれるかと…。 でも見る人が見ればわかったんだろう。『E♡J』なんて彼女からのプレゼントだって。 「……やばいやばいやばい」 これはやばい本当にやばいまずいことになった。調子に乗ってやるんじゃなかった。見えないところなら少しぐらいはアピールしていいと思ったんだ。だってエレンは国民的スターなわけで、外でのデートなんて片手ほどしかしたことがない。付き合ってることだって、アルミンと幼馴染のミカサ、そして事務所の上層部の三人だけに伝えてるだけだ。ちょっとぐらい自慢したかったんだ。オレだって…エレンの彼氏だって。 しかし将来人間国宝になるのでは?と一部には言われるエレンと付き合ってるのが男だなんて知られたら、それこそ世の中が悲しむ。大炎上は間違いなしだ。 さらにそのツイートの下にはたくさんのコメントがぶら下がっていた。指でずらすたびに怖ろしいことが書いてあって、だんだんと指が震えた。 『ファンからの贈り物じゃないの?』 『いやいやないっしょ、エレンは贈り物に興味がないことで有名。てことはあれは彼女からので決まり』 『え~ショック~~てか普通にキモくない?マウント取れてうれち~的な?うわウッザww』 『エレン様は神です。そんな現を抜かすことはありません。つまり相手は思い込みの激しい鬱』 『うわ出たマジ文の基地外wwでも同意』 『エレンに彼女がいるわけないししねしねしね』 『はあ?お前が4ねよ』 『てかあれ、エイド・ジャスミンのイニシャルじゃない?』 「――ぁ……」 頭の中が真っ白になった。 そっか、何を勘違いしてたんだオレ。 ファンが言ってるのはエレンの“彼女”の話だ。誰もそれが女だとはいっていないが、普通に考えて男が出てくるはずがない。それにさっき自分でも思っただろう。彼“女”からの贈り物だと気づかれる――と。 「…そっかぁ……」 そりゃそうだ、男のオレのことなんざ、誰も予想できねえよ。つーかまず世の中の人間がオレのことを知るはずがない。 「ハハ……はぁ…」 なんか肩透かしな気分だ。ホッとしたようながっかりしたような気分……いやいやなんでだよ、普通に良かったわ。 日頃はエレンのインスタとかに映りこまないようにと最善の注意を払っているが、何かイベントがあってテンションが上がっていると、どうにも調子に乗ってしまう傾向がオレにはあるようだ。…気を引き締めないとな。今回は間一髪気づかれなかったが、これから先はどうなるか分からない。 ≪俳優エレン・イエーガーの邪魔にならないように≫というのが事務所からの唯一の決まりだ。それを破ることがあれば――問答無用で別れてもらう、という約束だ。 馬鹿みたいな自己満足のせいでエレンとの関係が絶ちきられてしまうぐらいなら、完璧に隠し通したほうが確実に賢いだろう。…自分をよく魅せようとして出しゃばるのは……やめたほうがいい。 (マフラーの下の方を編み直すか……いや、むしろちゃんとした市販のほうがいいんじゃないか?) そのほうがいいかもしれない。なんせ目の粗い手作り感満載のマフラーなんか、次にいつ炎上を引き起こすか分からないだろう。それよかエレンの報酬に見合ったものをプレゼントした方が、エレンの身を守ることにつながる。もともと勝手にエレンのマフラーを捨てて怒らせてしまっているんだ。新しいものを買って渡せば、手作りの方も不要になるし、そのときに返してもらえばいいな。 「――よし」 もう一度スマホで、他に何か炎上しかねない因子はないかと探そうとした。 「ジャーン!!マスク探すの大変だったんだぞ、棚の中にしまうなよ!」 「っ、ぁ、わ、わるい!」 エレンが肩をくんできて慌ててスマホのスイッチを切る。世論が気にならないエレンとはいえ、目の前で炎上騒ぎがあったら気分は良くないだろう。ましてやオレの失態だ。気まずい…。 それにマフラーのイニシャルの件を知られて、もしも呟きにあったコメントのように『キモッ』と言われたら…それはそれでツライものがある。いや、まあ、編んだ自分が悪いんだけど…。 初詣から欝々とした気持ちで出かけることになるのは良くないな。エレンは何も悪くねえのに。 スマホを後ろポケットに入れてから、オレはエレンの腕をさらっと外した。もう外に出るんだからイチャつくわけにはいかねえ。 「歩きで行くんだろ?あ~今年こそはおみくじで大吉が当たりますように!」 「ジャンはいっつも吉だもんな」 「そういうエレンはいっつも大吉だよな。持ってるもんが違いってやつか…はあ~いやになるな」 「あれって大吉の方が多いから、大凶のほうがいいらしいぜ?」 「マジかよ。んじゃ、大凶狙おっと」 「単純か」 「うっせー!」 わざとに大声を出してエレンの先を歩いた。顔を見られないようにするためには、それが一番効果的だった。鼻頭や目が赤くなって明らかに泣きそうな顔をしてるだなんて、知られたくない。 (別れてたまるか……周りがなんて言おうが、オレがエレンと付き合ってんだ……誰も応援してくれなくていい……エレンさえいれば) 自己満足だったとしても良かった。エレンと一緒に馬鹿騒ぎをして、一緒に美味しいものを食べて…エレンに触れていると酷く安心した。こいつと離れたくない、一緒に居たい。そういつも強く感じていた。一度もお互いに言葉にしたことはなかったが、エレンもそう思ってくれていたら――いいな、と思う。 女々しく泣きそうな顔を見られたら、それこそ一生の恥だ。 これはオレが勝手に失敗して勝手に落ち込んでいるだけなんだ。馬鹿の…ひとり踊りをしている姿を……見られてたまるかよ。 オレはエレンの隣を歩かず、先さき進んで神社を目指した。 その後ろ姿をエレンがぱしゃりと写真で取ったことを、ジャンは知らない。 スマホで素早くインスタを開き、ファンクラブでも一部のプレミアム会員しか入れない裏垢をあけた。 (可愛い……ジャン…) そしてそこに今撮ったばかりの写真を投稿した。 『Jと初詣に行ってくる。昨日のマフラー拡散、感謝する』 するとすぐに返信が返ってきた。 もはやそれはガチ勢も尻尾を巻いて逃げ出しそうな速さだ。相手が誰かを知らなければエレンだってブロックしていたところだろう。 『Jが作ったマフラー可愛かった。昨日のコーディネートも完璧。Jは理想の奥さん』 「そりゃ当たり前だろ。ジャンのきちょ~なデレが入ったイニシャル入りのマフラーだぞ?自慢しないわけねえって」 エレンがご機嫌に鼻で笑っていると、すると次は違うコメントがついた。 『昨日のエレンさんもかっこよかったですv初詣良いですね、Jさんもウキウキしてる感じですねvでもツイッターの方の逆恨みコメント、あれマジでいらないですよね。なにJさん恨んでんですかって感じです↷ Jさんに敵う人いないのに!』 ぴしり、とエレンは固まった。 ……何の話だ? あわててスマホの画面を戻して、違う窓をひらく。教えてもらったタグを調べるよりも先に、トップ記事に「大人気俳優エレン・イエーガーに熱愛発覚!?ファン達炎上騒ぎ」と出た。 エレンの脳裏にすぐにジャンのことが浮かんだ。 しかし読み進めていくうちにそうではないことに気がついた。 「――――」 そして無言のままスマホを閉じた。 エレンは早足でジャンの背中を追いかけていき、信号待ちをするその背中に飛びついた。 「じゃ~~ん!」 「ぅおッ、ちょ、おま…!?……ここ外だぞ!? 見られたらどうす――ぅ、あ…いや…ぁ…勘違いされるわけねえよな、ハハ。……なんでもねぇ」 「…………ジャン?」 腕を振り回して暴れていたジャンが、突然静かになっていった。そして何か諦めたように小さな声でぽつりと言って、腕の中で収まった。…やっぱりなんかおかしいと思った。いつもは隣で足並みをそろえて歩いてくれるジャンが、先さき行くだなんて。そんなに楽しみにしていたのかと一瞬思ったが、ジャンはそんなときこそ隣に居たがるタイプだ。 あまり喜びを態度に出さないし。でもその分悲しいときも態度に出さない。 だから今回もそうだと思った。 (……ビンゴか) エレンはジャンの反応がおかしいことからTwitterの記事が関係あることを結びつけた。そしておそらくそれは当たっている。ジャンが落ち込むことなんて、大体想像がついてしまうのが彼氏というものだ。 しかしエレンは、あえてそれを言わなかった。 「どっちが大凶出るか勝負な!」 「え、ちょ、エレン!?てッ、手を繋いだら、おかしいだろッいくら友達でもしねえって、」 「ははは」 エレンはテレビでは見せない無邪気な笑顔を振りまきながらジャンの手を引っぱった。まるっこい目が幸せそうにゆるんで、綺麗な弧を描く。 子供のように屈託のない笑顔をはき出しながら、そしてエレンは心の中で想った。 またジャンが俺のことで一生懸命になってる! 嗚呼ッ! 俺って幸せ者だな!! Happy New year!! (ジャンの脳内が自分でいっぱいになることに興奮と幸福を覚える)