元俳優にストーカーされる番

今から十年も昔に流行ったドラマ【幽霊族の番】。 戦後から緩やかに正体が認められ始めたバース性を義務教育に組み込む政策の開始に合わせて、国民の理解を得るために制作されたドラマだ。 外国ではとっくの昔に認められていたバース性をやっとのこと日本も輸入したのかと、当時評論家たちが馬鹿にしていたのを見かけた覚えがある。 頭のかたい評論家とは違って、若者達の興味はどの時代でも、新規性があって刺激的な恋愛ドラマの行く末だ。 主演の男女はその作品が初めてだという、駆け出しの俳優ふたり。 ヒロインの女性は吊り目が強気で当初『アルファって感じで高圧的』と馬鹿にされていたが、それをひっくり返すほどの包容力と、愛らしい笑顔に、世の中のオメガだけでなくベータでさえ彼女に惹かれた。付き合いたいアルファランキングに無名からのし上がってトップを取ったことはまさに胸熱の展開だと、当時のオタク芸人が騒いでいた。 一方の男の方はというと、ひょうひょうとした白っぽい儚げな顔はどこか死人を思わせて、初回はひどい叩かれようだった。しかしながら話が進むたびに、愛しいヒロインに泣きつく姿や、必死に困難に立ち向かおうとする姿を見て、視聴者達は涙無しには観れなかった。最終話でめでたく番として結婚まで辿り着いた時、ネットニュースにまでなったほどだった。 そして何よりヒットの要因となったのは、二人が現実でも番であることを公表し、なんならそれ以降の作品に出ることなく静かに引退したからだ。 ドラマが放送されている最中はお世辞にも大ヒットとはならなかったが、事務所から各局にファックスで送られた直筆の【運命の番です】の締めくくりに、 まるでドラマを見ているみたいだ! と世論からの熱狂的な支持を得て、再放送が望まれることとなった。 それから現在までの十年間、バース性改革月間である10月になると、決まってお昼に再放送されていた。 水木はオメガとして性を受けたが、発情期とやらを一度も経験したことがなかった。 もしや医者の診察ミスか?と思って何度か再検査を行ったが、それでも結果は変わらなかった。 「時々ね、水木さんのように未完全な状態で生まれる子もいるんです」 「はぁ」 齢三十路に近づこうという女に、子という表現はなかなかキツイなと水木は苦笑いを浮かべる。生まれた時から知っているおばちゃん先生からしたら、いつまで経っても子供同然なのかもしれない。 「もしかしたら死ぬまで発情期を迎えることはないかもしれません。だけど、もしかしたら、番ができれば体質が変わるかもしれないので、薬だけは常備しておいてくださいね」 いつも同じ締めくくりで帰されるので、薬は嫌でも鞄に入れるようにしていた。定期検診ということで何度目になるか分からないやりとりをして、午後から学校に出勤すれば子ども達に「先生体調悪いの?」と心配された。本当のことを言うわけにもいかないので、とにかく「肩こりがすごくてね」と返せば「もうすぐ三十路だもんね」と生意気になってきた五年生がケラケラ笑っていた。うるせえ、宿題増やしてやるぞと頭にチョップを落とした。 その日の5時間目、保健の先生を招いてバース性の話をした。だいたい興味津々なのはアルファの子、目がギラギラしてるから分かりやすい。こんな歳から道を踏み外すなよと思いながら、水木は質問ある人は?とたずねた。 「運命の番って本当にあるんですか?」 女の子が目を輝かせて言った。そういえば最近またドラマの再放送がしていたな、と思い出す。登場するスマホが昔の形で懐かしいとか生意気なこと言っていた覚えがある。 保健の先生は子どものキラキラした目に少し笑いながら「いるかもしれないね」と返した。 授業が終わっても女の子の中で話題に上がったのは、運命の番の話だ。この歳の子は運命というワードに弱い。ドラマでも漫画でも、夢のように信じてる。 「ねえ、先生にはアルファいないの?」 バース性を隠している先生もいるが、水木は何かあった時のために公表している。もちろん保護者に安心してもらうために、番がいるという嘘をついて。 「普通のベータだ」 「ふーん、じゃあ運命の番ってわけじゃ無いんだ」 子どもの鋭い考察が入る。いつもこれぐらい察しがよかったら、算数だって進めやすいんだけどな。やれやれと肩をすくめる。 「先生の運命の番、見つかると良いね」 水木は曖昧に笑った。 アパートの壁は薄い。 隣の部屋の足音も耳をすませば聞こえる。 水木はテレビの音を小さくしながら、買って帰ったお弁当を腹におさめていく。明日は休みだしとビールも開けたが、歳のせいか酔いが回りやすく半分も飲めなかった。 テレビの中では昼間の再放送が流れている。随分前に水木が録画した、ドラマの五話目だ。御曹司に婚約を迫られたヒロインが、他のオメガの男と結婚させられそうになる話。水木はこの話が一番好きだった。 『儂は彼女を愛しておった』 グズグズと泣きながら机にしがみつく男は、青白い頬を紅くしてそれはもう辛そうに泣いていた。 そんなに苦しいなら早く迎えに行けば良いのにと大学時代は思っていたが、水木も良い歳になってきて気がついた。オメガとして自信がないのだ、この男。 綺麗な顔立ちをしているわけでもない。取り柄があるわけでもない。ドラマの中だといえフェロモンを出すことができないという設定は、なんとなく親近感があった。だからすぐにヒロインに会いにいくこともできずに、グズグズと迷ってしまう。こんなに苦しむ程、彼女を愛してるというのにな。 水木はビールの缶をゆっくり傾けて、視線はテレビの中で抱き合う二人を観ていた。 『あなたなら迎えにきてくれるって信じてたわ。だって、運命の番だもの』 毎話終り間際になるたびにそのセリフが入る。だからこそ子ども達も印象深いワードとして記憶していたのだろう。 例に漏れず水木も。 生まれた時から耳の形がおかしく、肩から胸にかけて変な痣があるのを気にしている水木は、友人達から「オメガらしくない」と言われていた。身体のそれもだし、さらに言えば顔もだ。オメガは人類の総数から言っても数が多くない。そのためか顔の造りも素晴らしく整っていることが多かった。テレビに出ているオメガ女優やアイドルはもちろん、学校にいる子どもですらそう言った顔立ちの子ばかり。だからこそ水木は自分から名乗らなければ気がついてもらえないほど、ベータ扱いをされていた。 それを友人や同僚からは「(襲われることなく)良かったね」と言われるのだが、それはそれとして魅力がないと言われているような気がして複雑だった。極め付けは発情期が一度もきたことがないことだ。やはり私はベータじゃないか?と今でも思っていた。 水木だって本当は運命のなんとやら、というものに憧れていた。それこそドラマを初めて観た時から。自分だけを愛して、心の中身を全て差し出しても気持ち悪がらずに、包み込んでくれる、そんな存在。 でも不完全なこの身体では、仮に相手に出会ったとしても気が付かないかもしれない。まして、相手にも気がついてもらえないかもしれない。そう思っていろんなクリニックに通っていたが、結果は同じだった。 流石に二十七を過ぎたあたりから諦めが出てきて、今年三十路になろうという今では希望すら抱いてなかった。いっそベータの人とお見合いでもしようかとマッチングアプリに登録してみたものの、水木の顔が平凡すぎるからか相手の反応も悪く、思ったように出会いがなかった。クソッタレなアプリだな。腹が立ってアンインストールしてやった。 「あたまいってぇ…」 久しぶりに酒をたくさん飲んだからか頭痛が酷い。頭の横をガンガンと叩きながら洗面台に行くと、なんとも凶悪な顔をしたマタギがそこにいる。いや私だわ。顔を洗ってもさほど綺麗にならない自分の顔に嫌気がさして、早々に化粧をして玄関を出た。 別に行き先はない。誰かと待ち合わせしているというわけではない。かと言って友人を誘おうにも、大学時代の友人はみな婚約者がいたり結婚してしまっているので気軽に連絡ができなかった。 朝の商店街は活気があって良い。すれ違う知らない人たちですら挨拶をしてくれるので、気晴らしにちょうど良かった。地元だと子どもに出会ってしまう可能性があるので隣町にまできて正解だったなと、水木は八百屋の中を吟味していると、中から出てきた男とぶつかった。 「うぉっ」 「大丈夫かおぬし?」 雄々しい声で驚いていると、倒れた肩を引き寄せられた。咄嗟の声がオッサンかよと恥ずかしくなってその場から離れようと思ったが、ふわりと鼻孔をくすぐる焼き菓子のような甘い香りに、おや?と思った。 八百屋なのにお菓子っておかしくないか。それになんというか美味しそうな匂い。何を買ったらこんな香ばしく甘い香りがするのだろう。 水木が首を傾げていると、隣の女性が声を掛けてきた。 「ごめんなさい。この人周りをあまり見てないから」 「何をいう、お主のことはしっかり見ておるぞ!」 「そういうことじゃないのよ」 なんと仲の良い夫婦だ。憧れてしまうではないか、くっそ〜と冗談混じりに顔を上げてギョッとした。 サングラスとニット帽を付けているが、こんなにナチュラルに白髪が似合うなんて只者じゃない。さらに隣にいる女性、どこかで見たことのある顔だと思えばあのドラマのヒロインではないか。名前は確か。 「…い、いわこ?」 「あら懐かしい」 まだ覚えてくれている人がいたなんて感激。そう言いながら両手を合わせるその愛らしさは、十年という月日を感じさせない。アルファの威圧感とかそういうのを全て無しにして、全人類が惚れるような美人だった。すっぴんに近い自分が恥ずかしい。水木は思わずポケットに入れていたマスクをつけた。 「知り合いか?」 白髪の男がたずねる。 「私たちが出会ったドラマを見てくださってたみたい。ほら、十年前の」 男がサングラスをずらしてこちらを見てくる。ひぇ〜見るんじゃねえ。私とあんたは知り合いじゃない。むしろ私が一方的に知ってるだけだ。 その念が通じたのか、男は「ふむ」と言って姿勢を戻した。 「知らぬ女じゃ」 でしょうな。水木はうなずいて、そして会話に困って頭を下げた。 「失礼します」 すぐに踵を返して、お店を後にした。買おうと思って手にしていた大根も、通りすがりにささっと戻した。せっかく煮込もうと思ったのに残念だ。 よくテレビ番組で、街中で見かけた芸能人はいますか?と一般人が尋ねられて「写真撮ってもらいました!」と言っているが、そういう奴は本当にすごいと思う。実際に会ったからわかる。推しにそういうことをするのは命が持たない。 岩子さんが持ってた袋、ネギが入ってたけど今晩何作るんだろう。ドラマで作ってた鍋とか作るのかな。クッキーみたいな良い匂いもしたし、あれはおそらく岩子さんが作ってくれたお菓子を家で食べてきてたんだ。てか二人手を繋いでたな。十年経ってもラブラブなんてすごい。羨ましいを通り越して、尊敬しちゃう。 やっぱり恋人欲しいな〜。 水木はマスクをポケットに戻しながら、地元のスーパーに駆け足で向かった。

ライン

続いたらストーカー系ヤンデレになります。
とりあえず力尽きました。