今こそドッキリにひっかけましょう!
2014年 某日 女性の社会進出が著しい日本。かつての大和撫子が良いとされた時代より幾分時代は進み、いまでは肉食女子、なるものが世間を取り締まっているのは必然的といえるだろう。 そう、まさに世間は強い女性を求めている―――。 『邪悪な心を跳ね返すっ、聖なる太陽の光! キュア・ワールド!』 『げげっ! 現れたなスタンド使い世界め!』 『私のいる前で好き勝手はさせんぞ!』 流れるような美しいブロンドをなびかせて人差し指を突き出す美少女が、画面の中を動き回る。トンっと一度力強く足を踏ん張らせたかとおもうと刹那姿をくらます。画面にドアップになる気色悪い色の怪物が慌てふためく。 『どこにいった、卑怯だキュア・ワールド!!』 『ふはははは勝利こそ正義だっ! 泣きわめこうが勝てばこっちのもんだ!!』 『……いやいや駄目デショ』 『黙れキュア・シャボン』 卑怯だ、と揶揄された直後に怪物の顔に影ができた。驚いて見上げようとした怪物だった、がそれよりはるかに早く蹴りが食らわされる。 『ぎぎゃああああ!!』 子ども向けアニメとは思えないほどえげつない声が響く。それを耳にしたキュア・シャボンと呼ばれるこれまた美少女は、心底呆れ気味に次の台詞を吐いた。 の目の前でくせ毛のつよい金髪を耳にかけ直す女性はふと、隣でマイクに命を吹き込む同年齢の女性を見る。なんとも生き生きとした顔で台詞を口にしている美女の演じるキュア・ワールドは画面の中でぼこぼこに怪物をやっつけていた。 ―――まんまだなコイツ…実際にスタンド使えたら、世界征服しそうな勢いだ。 正義の活躍するアニメの主人公があまりにも徹底的に敵を倒す姿は、ある一部の子どもの涙を誘っていると噂されている。キュア・ワールドをみるかぎりその噂は本当だろう……すくなくともキュア・シャボン―――シーザーはそう思っている。なぜこんなに恐ろしい人間がこの日本で声優になっているのか意味がわからない、いっそのことモデルか弁護士でもすればいいだろうに…頭も賢いらしいし。 と嘆きごとを言っても彼女、ディオはきっとこの仕事を降りないだろうし、その人気から上の人も降ろす気はないだろう。シーザー自身もこれほど愚痴をこぼしてはいるが内心本気で嫌っているわけではない。むしろ声優としては尊敬に値するとすら感じている。…それはいいすぎか。 むしろ問題はこっちだ。 『~っ!! 駄目だ間に合わないッ! 手を貸してキュア・チェリー!』 『はぁあい!! 待っててくださいね~~きゃッ、いった~い!』 『何してるんだキュア・チェリー!! こけてる場合か!?』 『だって…ぐすん。小石さんに躓いちゃった、てへ』 そこまで台詞を言ってから一歩足を引いた女性は、への字にしていた口を開き「おええええ~!」と叫びながら奥に走っていった。身体じゅうの悪しき物を払わんとする勢いで大声を出していた。 シーザーは思わず涙がホロリとなる。 ―――嗚呼かわいそうに…花京院……いっつも、こんな役回りだな。 目元を拭き拭きとしてシーザーが同情していると隣から腕をつつかれる。みるとディオが台本でシーザーの腕を叩いていた。 “せりふ さっさとしろ!” ハッとして画面を見るともうすぐでシーザーの必殺技のシーンだった。 不機嫌そうにこちらを睨みながら一歩足を引くディオは奥に歩いてゆき、その先にいた花京院に何か耳打ちしに行っていた。 そのあいだにシーザーはすうっと息を大きく吸い込む。そしてここ数カ月で一気に慣れ親しんでしまった必殺技を、もう自分の本当の技のように言い切る。 『くらえっ! シャボンランチャーっっ!!!』 『ぐああああああ!! このっ…この、わたしがああああああっ!!?』 自分より大御所の声優さんの華麗なる悲鳴を聞いて、おもわず小さく拍手をしてしまった。こういう場合って実際のステージショーもそうだが、倒れる側の方が倒す側よりも演技力が半端なくスキルを求められる。だからシーザーはいつも倒され役の先輩に対して敬意を最大限はらっていた。 「はーい今日はお疲れ様でした~!! 差し入れが露伴先生の方からあるらしいんで、各自持ち帰ってくださ~い!」 「「「お疲れ様です!」」」 監督である広瀬の声がかかり現場はほんのわずかホッとした雰囲気が広がる。緊張の糸が切れたように話し声がきこえ、ぽつり、ぽつりと鞄から飲み物を出したり変える準備をする者が増えた。 しかしそんな和やかな雰囲気にふさわしくない人間もいるわけで。 「もう…僕は駄目だ…っ…」 「落ち込むなって花京院、な?」 「シーザーさん……」 しゃがみこんでいる赤毛の女性の肩に手をのせ、女性より二年先輩のシーザーがにかっと笑って励ます。体育会系であり体を鍛えていたシーザーが顔をのぞきこんだせいで花京院の目には、シーザーのその美貌がまじまじと映し出されて…もう一度溜め息を吐いた。そして大泣きし始めた。 「転んでドジるあざといキャラをしたことないからっ、そんなこと言えるんだあああああ!! もう無理だっやりたくないよおおおおお! 露伴先生のバカああああ!!」 「お、おいおい…落ち着けって? ほらその露伴先生からの差し入れもあるっていうし……花京院たしか露伴の作品好きだっただろ?」 「―――その人の作品からのオファーが来て心底嬉しかったのに、まさか割り当てられた役がぶりっ子って……あざとい、って…ッなんのために僕は声優になったんですかああああ!!」 「リラックスしろ花京院!! 暴れるなって、おい!?」 「だああああ!! うるさいぞ花京院ッ、収録中もいったが貴様、やる気がないなら出ていけ!」 「……それはいやです…ぐすっ、」 「なら黙って真剣にやれ。そしてなりきれ」 「それは無理です」 「口応えするな!!」 耐え兼ねた様子のディオが床を振動させながら花京院に近づき、しゃがみこんだまま駄々を捏ねていた面倒臭い物体の真横を足でがんっと蹴りつけた。ヒビが入りそうなほど恐ろしい音がして一瞬泣き声がとまるが、次にはまた叫び声をあげる花京院。 なら止めてしまえ。―――聞いた者はきっと、なんて酷いことをいうんだ! と批判し嫌悪感を抱くだろうが実際はディオはきついことを言っているのではない。花京院は収録の度にこうやって荒れるのだから、周りの人は誰しも『嗚呼またか…』と言った風に受け取っている。むしろ助言をしてやるディオやシーザーの方が珍しい。 周囲はもともと花京院に…このアニメ声優を務める前までは、ただの大人しくて礼儀正しいインテリな面白味のない女性という印象しかなかった。それが、この現場に携わった人間たちは以前の印象を一新させて『人間味のある年相応の子』という可愛らしさを帯びた人間だと理解できたのだから、このアニメの声優をしたことはなにも花京院にとって悪いことばかりだったとは言えなかった。 しかし世の中は残酷である。主に花京院にたいしてだ。 そう―――世間はぶりっ子にはたいそう厳しかった。 「本当につかれる…」 紙コップから立つ湯気を冷ますフリをしてため息を零す。あからさまなため息をするとディオがうるさいのでこうして誤魔化すしかない。当のディオはというと向かいのソファーで足を組んで踏ん反り返りとても態度がでかい。あとちょっとでパンツが見えるぞ。勘弁してほしいな…。 花京院は適度に冷めた紅茶を口に含む。美味しいわけもないむしろ無味に近いソレに顔を顰めていた。するとそこに声をかけられる。 「ンン~今日もグッズがよく売れたなァ、花京院よ」 「そうですね。……ディオさんは男の子たちの憧れの的でしたし、女の子はシーザーさんをみて目をハートにしてましたしね」 「貴様も人気だったではないか!」 「大きい殿方に人気でしたよ、ええ。何か問題でも?」 「くく……何もないぞぉ」 「はんっ」 そうだ。 一番の問題はそこだった。 理由はよくわからないが花京院のグッズも他の主人公ふたりと同様に売れたのに関わらず、その多くが大人(しかもイイ歳のあんちゃん)であったのだ。そのうえ小さい子には唾を吐かれた。マジですかと泣きたくなった。 花京院の自分のキャラ、つまり『キュア・チェリー』はぶりっ子でドジっ子なうえに役立たずですぐ泣く、といったどうしようもないキャラだった。演じている花京院自身きっと自分が子どもだったら嫌いなキャラランキングのナンバーワンだろうなと思う。だから、こういうイベントごとが花京院は苦手だった。アニメが結構有名になったおかげというかせいというか…度々イベントが全国で行われ、声優の三人もその都度よばれるのだが毎度毎度キャラ別握手会では、強い女性にあこがれる人=ディオに握手を求めるし、純粋なキャラ好かれ=シーザーに流れるだったため、花京院の前に来る人といえば他の握手が済んでから『まあついでにするか~』といった感じだった。列なんかできたためしがない。のに、 「あの人達なんだったんだろう…」 「ああ、あのデブ眼鏡どもか?」 「く…口が悪いな…ディオさん」 花京院自身とっても不思議なのだが、今日の握手会では彼女のところも大盛況だった。それも大人にだ。雰囲気でいえばどこかヒッキーを思わせる人達だったが、腐ってもそんなことをいう勇気は花京院にはなかった。てか、言ったら暗がりで殺されそうな気もする。だって握手の最中に鼻息が荒くて眼鏡が曇っている人が何人かいたのだ。「ふふ…いつも応援してるでござるよ、チェリーちゅああん」とかなんとか言っていたので、完全に引き攣っていた口元をきりっと引き上げ必死に笑顔を作り「ワーイ僕とってもうれし~これからも頑張るね、おうえん、よろしくおねがいしますぅ!」とキャラ声で声優魂をみせてやった。どうだ、すごいだろ。…口から泡吐きそうだったけど。ギリギリセーフで涙で止めたから大丈夫、なはず。 にしても本当になんでだろう? それがイマイチ花京院としても分かりかねていた。 「―――なんか嫌な予感するな」 「や、めてくれよ…。ディオさんの予感は当たるってシーザーさんがおっしゃってましたし……なんか寒気がした、いま」 「まあ気を付けることだな」 「んな他人事みたいに!!」 「事実、他人事だしな」 「…たしかに」 空になった紙コップを押しつぶし、花京院は堪らずため息を吐く。こめかみを刺激する気分の悪さはどうにもならなかったけど、吐かずにはいられなかった。 「……ほう」 目の前にバンッと突き出された紙に、ディオが感嘆を漏らす。足を組んだ美女が顎に手を添える姿を見てスタッフの方も感嘆を漏らしそうになった。しかしそれよりも先に反応したのがディオの隣に座っていたシーザーだった。 「おいおい。待てよこれ…ちょっとやり方が極端じゃあないか?」 「そうか? 私はこれぐらいやった方がいいと思うぞ、花京院のためにはな」 「……マジかよ」 肯定的な意思を珍しく示したディオに驚きながらシーザーは机の上に置かれた、決して重たくはないのに何故かものすっごく重く感じる紙に手を伸ばし、おそるおそるといった感じで持ち上げる。シーザーに持ち上げられたただの紙切れは、空調の風に揺られ文字をぼやかす。それをみるためだけではきっとないだろう…シーザーは真剣なまなざしを細め、渋々といわんばかりに肩をすくめてから唸る。そして紙を机に戻す。 「わ~ったよ。ディオがそう言うってことはなにか、勝算があるってことだしな……俺も乗ったぜ」 「当たり前だそれでこそ我が僕!」 「はいはい。仰せのままにしますよ、キュア・ワールドさま~」 パイプ椅子の背にもたれかかったシーザーが首の後ろを掻きながら適当にディオへ返答する。やる気満々と目を輝かせるディオは本気でこの作戦がうまくいくと思っているようだ。それをパイプ椅子をきこきこと鳴らして気分を紛らわせていたシーザーは、「どこまで自信家なんだか…」と漏らす。 なんでこんな企画が上手くいくと言えるのか―――それはスタッフすら疑問に思ったことだ。なのにディオはただ一人、それをあっさりと『大成功に終わらせてみせる』と言い切った。それはあまりにも清々しい言い切りだった。 「で、では…日程は後日お知らせいたします! そのときにはキャストの皆様にそろっていただきますが、服装は指定しておりませんので…」 「そんな説明はいい!」 「ひィ…っすみません!!」 「私はいま最っ高にhighなんだ……邪魔をするんじゃあない」 瞳と同じ奇抜な赤色のリップグロスを塗りてかてかとした唇を突き出し、ディオは怯えるスタッフを一見する。射抜くような力強い瞳に魅せられ、男は即座に立ち上がりなかば逃げるように部屋から出ていった。勿論お辞儀は忘れない、それは日本人として本能に刻まれたものなのだろう。 「あ~あ~」 横目でそれをみていたシーザーが眉を顰める。またこれでディオ最強説が濃くなったな……という呆れをもって。この人間の自信をちょっとでも花京院にうつせたならどんなに良かったか、今頃自分のキャラの暴走加減にヒイヒイいっているだろうな…とシーザーはパイプ椅子から腰を浮かす。 組んだ足の上に雑誌を広げていたディオが姿勢を変えずにシーザーに声をかけた。 「帰るのか」 「まあな、今日はこの打ち合わせのためだけだったし……にしてもどういうつもりだ?」 花京院をドッキリにひっかけるなんて…。 シーザーは無意識に声を潜める。別に聞かれる心配があるわけでもないのに気付けば、その声を小さくして秘密ごとを漏らさないようにと声帯が働いていた。 声といっしょに身を屈めていたシーザーがディオと互いに顔寄らせ、鼻が触れ合いそうなほどの距離になったところでディオが、「離れろ」と視線をあげて手で押し返す。 「それはスタッフに言ってくれ、企画したのはこちらではない」 「じゃねえよ…それを受け入れた理由を聞いてんだ。別に企画自体の趣旨はわかる、おそらく芸能人のドッキリだけじゃあマンネリ化してるから幅広いジャンルに手を出して視聴率をアップさせよう……ってとこだろ?」 「わかってるではないか」 「だからそうじゃねえって。なんでディオがそれに乗るんだ? 花京院はお前と違って口が立つ方じゃねえぞ、下手すりゃ無様な姿をゴールデンに晒すことになる…」 「貴様がそうやっていつまでも花京院を甘やかすからだ、シーザー」 「は?」 顔を物凄い力で抑え付けられてイラッとしていたシーザーが、ディオの指の隙間で目を丸くした。ディオのすらっとした触り心地の良い指がシーザーの顔から徐々に離される。公になったそこではシーザーがアホ面を晒したまま口をポカーンと開いていた。 「まぬけだな」 くつくつと喉の奥を震わせながらディオは、シーザーの固まったまま見開かれた目蓋のうえ…つまり、金色の睫毛を指先で揺らしてみせた。くすぐったい感触にハッとなるシーザー。挑発的に笑って雑誌に肘をつくディオに気付き、シーザーは肩をすくめる羽目になる。 「つまりは子離れするためにか……俺が花京院から」 「それと花京院が私たちから、な」 「でもそれなら、もっと内密に個人ですればいいだろ? なにもテレビの企画を通して…」 「それじゃあつまらん」 「…自分のためか」 「当たり前だろ?」 ニタ~っと目を細めて八重歯をみせるディオはまるで悪戯っ子のようだ。ご機嫌に今にも鼻歌を歌いそうなほど…。しかしシーザーは呆れたりしない、なぜならディオがそれだけのためにこんな企画を受理するほどにはまだ人間が腐っていないと信じているからだ。 もし仮にも自分の娯楽のためにこのドッキリを敢行しようというのなら、シーザーだって全力で止めただろう。だがしかし、ディオが本当に狙っていることは別にあるということもしっかり理解できているためにシーザーも表向きしょうがなしといった風だが認めたのだ。 「そうだな~俺もそう思うぞ」 「…ほう」 「いくら俺たちがあいつのイイ所を知ってても、全国の子どもが花京院を誤解したまま声優として嫌うのは良くないことだもんな~」 「―――何の話だ?」 「くく…ただの独り言だ、気にすんな」 「はっ」 シーザーが踵を返して帰宅準備をしようと身を屈めながらそう言った。背中でディオがジト目を携えて雑誌を投げようとせんばかりに照れている――と付き合いが長いおかげでわかるシーザーは理解できるが、見た目はただ睨んでいるようにしか見えない――のをシーザーは含み笑いを隠せずにいた。いつもそうだ。この自信家で自己中心的で傲慢な友人は、時折みせる優しさを本気で恥じているくせに与えようとする。羞恥心よりも自分の計画を優先するからだろう。まったく困った奴だ。 シーザーは背負い鞄を持ち上げ、ポケットに入れていたスケジュール帳を片手で開き、軽く次の収録の確認をする。だがその間ディオは臍を曲げたように鼻で「ふんっ」としか返答しない。…いやこれはまだいい返事の仕方だ、yesかnoか分かるし。反応してくれない時すらあるので文句は言わない。 「じゃあお疲れさま、撮影も頑張れよ」 「言われなくてもだ」 「そっか」 ニッと笑ってからシーザーは楽屋から足を出した。ばたんと閉まった音を聞いてディオは、この後にある雑誌の対談コーナーの記事用の撮影のために鏡の前へと移動することにした。 ―――さあ花京院、お前の舞台が幕を開けるぞ。 すっと目を細めたディオは一瞬だけ口元を綻ばせた。 2014年 11月 某日 楽屋にひとり座っていた花京院の目の前には雑誌が広げられている。今日の雑誌はナンバープレイス。年末の特別プレゼント贈呈が期待されると表紙に売り文句で書かれ、それに惹かれておととい花京院が買ったものだ。 う~んと唸ってやっと一枚目のナンプレを完成させたところで肩を鳴らした。 ざっと15分はかたいなあ、と初心者にしては上出来と花京院は喜んでいた。 そんな元にノックの音が届く。 はい、と間延びしない生真面目な返事を返す花京院。 中に入って来たのは、今年度いちばん付き合いがあったといっても過言ではない、ディオだ。しかし彼女は一人ではなかった。 「こんにちは、君がキュア・チェリーさんかな?」 ブルネットの髪がふわりと揺れる。小柄なディオと比べると滑稽なほど背の高い男性がにこにこと笑って花京院に声をかける。 スタッフにしては筋肉がつきすぎている。長袖の服を着ていてもよくわかる、その腕にも胸にも太腿にもついた筋肉。 芸能界ってよくわからないなあ…こんな人がいるなんて。イケメンを黒子にまわしてどうするんだろうか―――そう的外れなことを花京院は考えながら、開いていた雑誌をぱたんと閉じる。 「どちらさまですか?」 「えっ、僕のことを……しらないのかい?」 「や、はい、あの…すみません…?」 そっかショックだな~と頬を掻く男性は台詞のわりに笑っている。器用な人だ。ムキになって訊ねたりしようとしないところを見るに、相当紳士的だなという印象をうける。 で、一体どちらさまなのだろうか? 意味もなくディオが来るはずがないのできっと、紳士も用事があってディオと来たはずだ。 「はじめまして。僕はジョナサン・ジョースター。一応俳優をさせてもらってるよ」 「は、俳優ぅう…!? すすすすみませんっ、まさか同業だったとは…あの、」 呆気にとられた花京院が顔を真っ青にしてから、頭を深く下げる。 「気にしないで大丈夫だよ! たかが俳優の一人や二人ぐらい知らなくても無理はない」 「この筋肉達磨はおととし、だったか? 男性俳優新人賞を取ったほどには売れっ子だぜ」 「ええええええ!? そんな…しらないなんて……っ、本当にすみません!」 「気にしなくっていいってば!」 励ますジョナサンの声に顔をあげる花京院だが、そこにかけられた言葉に謝るどころじゃなくなる。 テーブルに置いてあった雑誌を勝手に持ち上げていたディオが、ふたりの会話の最中にそれをぱらぱらとし、興味を失ったように投げ捨てて、「おい。」と不機嫌そうに声を出す。 「そんなことはどうでもいい」 「どうでもいいって…よくない、気がする」 「僕は別に…」 「だろ? 顔をあげろ花京院。きょうは報告することがあって来た」 強制的に顔の方向を変えさせ、そのさきでディオが腕を組んでニヤッと意地悪に笑っていた。 「まるで悪役みたいな笑顔だね」と漏らすジョナサンだが、その意見には内心花京院は大賛成だ。 「なんですか、そんな改まった言い方をして…お嫁に行くんでもあるまいし」 「その通りだ」 「……は?」 嫁、読め、夜目……ヨメ? 耳が悪くなったのだろうか…突然? 自分で言っておいてなんだが一瞬なんの話か頭がついていかず、聴覚的問題を疑った。もしかしたら目も悪いのかもしれない。だってディオがとっても満足そうに微笑んでいる。…ほほえんでる? 「う、うそ…だろ?」 「嘘もへちまもあるか! 正真正銘ほんとうだ!! 無駄なことをさせるな!!」 「エイプリルフールじゃあるまいし……いやいやいや、ディオさんが言うってことは、やっぱり嘘…?」 「ディオは嘘をついてないよ」 「……えええええ」 「なんでジョジョの言葉はすぐに受け入れる」 不服そうにディオが片眉をあげているが無視しよう。ディオは指で腕を激しく何度も叩いて、完全に苛立っている。 そりゃそうだ。ディオのことを全然信用していない! という態度をとっていたのにジョナサンの台詞には、不信感を感じながらも、頷いたのだから 一体どうやったらディオの御眼鏡に適うのだろうか? 友人関係もどきの花京院ですら見当がつかない、だから気になった。だがきっと、それを聞いても素直に答えるような人間じゃあない、ディオという人間は。どちらかといえば『なんでこの私が答えなければならない? このマヌケがぁ』と言ってきそうだ。 そっちのが想像がつく。 それならばどうやって、この誠実そうなジョナサンがこんな傲慢女王様を口説き落としたのか…。こんなに紳士的で笑顔を絶やさない人が、ディオを落とすなんて……。 第一にディオは、クソ真面目で良い人が特に嫌いのはずなのに…どういうつもりだ? 最近よく停止する脳内で花京院は必死に考える。 「というわけだ、まあ、スピーチ内容でもせいぜい考えておけ」 「すぴーち……そんな馬鹿な…!」 「馬鹿は貴様だ。何度言わせればいい? その耳はお飾りなのか? たしかに使い勝手が悪そうだな」 「大きなお世話です。最新型の耳ですから、ええ、きっと」 「ならばさっさと認めろ」 扉の前で立ちっぱなしだったジョナサンのもとに戻ったディオは「時間の無駄だ。」と肩をすくめる動作をし、不意に花京院の前でジョナサンの首にしがみつく仕草をしてみせる。 目を見開いて、花京院は口を金魚みたいにぱくぱくとさせる。 「こういうことさ」 と言ってからディオは猫が飼い主に甘えるように、ジョナサンの胸元へ頭をスリスリと擦りつけてみせた。 それをみた花京院はカッと顔が赤くなる。なんて乙女漫画みたいな雰囲気を醸し出すんだ!! 見ているこっちが恥かしくなり、注意しないと…っ! と扉へ一歩足を踏み出すがふと止める。頭にある考えが浮かんだからだ。 ―――せっかくディオが好きになった人なんだ、それなのに他人がとやかく言うのは…おかしい。 伸ばしかけた手をおろし、はあ…と溜め息を吐く。 それを見ていたディオとジョナサンは「おや?」となる。 花京院が、「ふたりがそういう関係」という事実を受け入れるべきか…と半ば心を決めかけた、そのとき不意にディオの身体から間抜けな音があがる。 「ちっ、事務所からか……悪いが、いったん私は抜けるぞ」 ディオのズボンポケットから取り出された、細身のスマホに視線を落とし、ディオは苦々しい表情をみせる。 「さすがディオは忙しいね。さながら、東奔西走してるって感じだ」 「前みたいにすっぽかさずに、はやく出てあげてください。ディオさん」 「…面倒だな。まあ行ってくる」 事務所のことを思って同情していると、ディオは花京院の言葉を聞かぬフリをしながら、それでもどこか悪いと思っているのか足早に楽屋を走って退出した。 嫌々と云う雰囲気を醸し出しているうえに言葉も「面倒だ」と告げているくせに、心のどこかがまだ人間らしい「やさしさ」を持っているのだと感じるたび、人としてまだディオは腐りきっていないのだと安心する。 胸をなでおろしながら花京院が顔をあげると、そこにいたジョナサンと目が合う。 「お茶、のみますか?」 「嗚呼そうだね、お願いするよ。ディオが戻るまでここに居させてもらうね?」 「あっはい。わかりました」 ニコッとした笑顔が前振りなしに振ってきて、驚きから動きがとまるが、それを気づかれないようにと自然に隠した。 雑誌と鉛筆をひとまとめに重ねてからテーブルに紙コップを取り出す。はて、こんな安っぽい紅茶が外国人の口に合うのやら? と疑問を抱きながらポット前に陣取っていると、ふと無言だったジョナサンが花京院の名前を口にする。 「キュア・チェリーさん」 「それはちょっと…花京院の方でお願いします」 「そんなことはどうでもいいよ」 「……はあ…?」 冷蔵庫から水を出していた花京院が抜けた声を出す。ジョナサンが巨体を屈めてパイプ椅子に腰をつけようとして「よっこいしょ」と呟いた。 紳士的で物腰柔らかな受け答えをしていた彼が、花京院の台詞をサラッと受け流した。そのことが花京院のなかで違和感を生んでいた。 「砂糖は何杯いりますか?」 「ん~適当に入れておいて」 「わかりました」 適当に、といわれて本当にその通りにするわけにもいかずとりあえず、小さじ2杯入れてやる。 かき混ぜたスプーンを入れたままにして紙コップを持ち上げ、ジョナサンの前にそっと運ぶ。 「甘くなかったらすみません、一応、砂糖は2杯入れましたんで」 「えっ? 本当に? 丁度だよ、それ。ディオもさ~いつも、2杯入れてくれるんだ! それが丁度よくって…」 「彼女、すっごく紅茶入れるのが上手いんですよ。知ってました? ほかのオムライスやら焼きそばやらは、全部えげつないことするのに!」 「それわかるよ! 天才的に上手いよね、紅茶を入れるのは!」 「ですよねえ!?」 「ディオも最近は、ビーフシチューぐらいなら上手く作れるようになって、きて……あ~」 「……?」 興奮気味にディオについてあーだこーだと激論していたのに、ぱたりと突然ジョナサンは言葉を止めて言いよどむ。 不自然な会話の終わり方に花京院の方も熱が冷めていくのを感じる。何かジョナサンの中で思うところがあったのだろうか。考えてみればちょっとおしゃべりが過ぎた気もしなくはない。 大人しくなったジョナサンの顔色を窺いながら椅子に座る。花京院が自分のために入れた紅茶はすでに冷め切って、渋い茶色の液体が渦巻いていた。 「……花京院さん、って可愛いよね」 突然の褒め言葉に花京院は、マヌケにも「はあ?」と女性らしくない雄々しい返答をした。 まあ、今さら取り繕う女子力もないのだが。 そんな彼女の反応を気にしていない様子のジョナサンが、まるで口説くかのごとく台詞を吐き始める。その頬は微かに赤い。 「いや、ね…前から思ってたんだけどね。ちょっと照れくさくて言えなくてさ…」 「―――ありがとうございます?」 本来なら花京院もここで顔を赤くすべき内容なのだろう。そのことは花京院も重々承知している。だけどできなかった。理由は単純だ。称賛を口にしたジョナサンの目が完全に泳いでいたから。 「柔らかく跳ねた赤毛は優しげで、まるで聖母のような温かさを思わせるし。声も透き通ってる」 「ありがとうございます…?」 「物腰柔らかで話してて、すっごく楽しいよ。君は賢明な女性だね」 「ええっと…」 ジョナサンは先ほど止まったのが嘘のようにべらべらと話す。手を持ち上げてわたつかせたり、視線を地面に沿わせたかと思えば、こちらに向けてきたり。 あきらかにおかしい。おかしい、ってか何か裏がある気がしてしょうがない。ただの称賛にここまで慌てふためきはしないだろう……本気で惚れている、というなら別の話ではあるが。 彼の頬は赤く染まってはいるが、“そういう理由”からではないのだろう…。 そう、ちゃんと花京院は理解していた。 「どうなさったんですか?」 「え、えっ……なにがだい?」 ビクぅ!! と肩を揺らしたジョナサンが「はははっ」と変な笑いを浮かべながら咳払いする。目が泳いでいることを除けば絵になるほど高貴な姿だ、目が泳いでなければ。 ジョナサンが紅茶を飲もうと、太い指を紙コップに伸ばしたとき。勢い余ってコップがこてんと倒れる。 「あ、」 中身がどばどばとテーブルに広がる。 「わっ、ご…ごめんね!」 「おおおっ零れる、あっ……えと、大丈夫ですよッ!?」 「でも君の雑誌まで濡れちゃったし…」 「えっ!? 雑誌までッ?!」 予期せぬ出来事におもわず大きな声が出る。目が大きく開いて、ジョナサンが指差す方向に目を向けると言葉通り、雑巾みたくべちゃべちゃな雑誌が色褪せて存在した。 頭の整理がつかずに、ぱちぱちと目を瞬かせる花京院。いやまあ、別にこの雑誌にそんな思い入れはないんだけど…値段もそんな高くなかったし…。 ただたんに突然すぎて驚いているだけで、ショックは受けてないのだ。花京院自身。 ならばなぜ。こんなにもいつまでも唖然としているかというと、それは目の前でジョナサンが頭を深々と下げて謝っているのが原因だった。 「ちょ、!」 そんな大それたことをして謝罪してくれなくても…! だから、ただの安っぽい雑誌だってば…それもワンコインぐらいのやつだというのに! しかもそのうえ、「今度お詫びの品を送るから―――その、連絡先教えてもらえるかい?」と頼まれた。いやいやいやそれはいくらなんでも気を遣いすぎだろう…!! 「いいですいいですいいですぅうううう!! 気にしないでください、はい、大丈夫ですから! ね…ッ?」 「…いやでも、こんなことをして、紳士として恥じるべき失態だ」 「誰にでもある失敗をそこまで悩まないでください! これ以上落ち込まれたら、こちらも困るので……つまりその、今の謝罪の姿だけで充分お詫びされた気持ちになれましたから!!」 「はぁ…? そうかな」 抜けた声を出すジョナサンが首をこてんと倒し、眉を顰めて唸る。まだ納得いっていないらしい。いや、本当に大丈夫なのに、こっちは。 さっきも言ったことだが花京院は、謝られ過ぎて逆に申し訳なくなっている。そのうち、別にこちらに非があるわけでもないのに関わらず花京院は、「すみません。」と逆に頭を下げた。 それをみてジョナサンは目をぱちくり。キョトンとして、「どうして?」と尋ねる。 「ん~どうしてって……なんというのか、そこまで…気を遣わせてしまったことへのお礼と謝罪の意を込めて―――って言ったら笑いますか?」 「まさか!! ……ただね、少し思ったんだけど、君って、キャラと性格が全く違うんだね」 「あ~っと、キュア・チェリー、ですか?」 「そうそう」 謝罪のときテーブルに額をめり込ませる勢いだったジョナサンの額が、赤くなっていた。そこを片手でさすりながらジョナサンは、空いたもう片手で持参のハンカチをポケットから取り出し、流れっぱなしだった紅茶を拭きはじめる。 それでも視線は確かに花京院をとらえ、目の奥が不思議そうに疑問を投げかけていた。 花京院の変わりようにジョナサンは心から驚いていたのだと、ここでやっと気づいた。 「役ですから……ちょっと、いや、かなり、ですね…周囲には誤解されてますけど」 「あ~それは否めないね」 苦笑気味に頷いたジョナサンにたいして、花京院は、拭いてくれたことに小さくお礼を言う。 「かまわないよ。でもさ、それって嫌じゃないのかい? 弁解しないの? たとえば…公共の場で大きな声をあげて弁解するとか」 「それただの不審者ですよ」 「いやだなあ…例えだよ」 「はは、わかってますよ。…そりゃ僕も考えたことはありますけど、せっかくいただいた役ですよ? しかも有名な、あのアニメの脚本なんて絶対に書かないと豪語していた、露伴先生の―――どれほど胸が躍ったことか…っ!」 「随分惚れ込んでいるんだね。露伴先生に」 「ええ、すっぽりとめり込んでますよ」 「そりゃあ大変だ!」 冗談を飛ばしながら軽く笑い声を含んだのち、そこで互いに目を閉じる。深くパイプ椅子に腰かければギシッという不安定な音が響く。 それが止んでから、言葉がぱったり途絶えた。しーんとした空間に壁時計の指針の音だけが届く。さっきと同じだ。でもさっきと根本的に違う。 ジョナサンが片目をふと開き、相手の表情を伺うと、花京院の状態を確かめるより先にジョナサンはびっくりして、目を留めてしまう。その彼女の顔の穏やかさに驚いて。 ―――はじめ僕は、まるで聖母のようだと比喩したけど……これは本当に、お世辞じゃなく、そうだったかもしれない。 気づけば両目とも開いてしっかりと花京院の顔を、ジョナサンはみつめていた。見惚れていたのではない。ただただ花京院のその一枚の『絵』としての穏やかさに、時間を忘れて見とれてしまう。 不意に花京院の睫毛が震える。 ハッとして視線をジョナサンがそらすと同時に、花京院が話しかけてきた。 ジョナサンが声に振り返れば、花京院はしっかりと彼の方の視線を向けていた。それどころか身体ごと方向を彼に向けていた。 「貴方はディオさんを、幸せにできる人だ」 そういった花京院は背凭れに置いていた体重を起こし、すっかり綺麗になったテーブルに手をつく。何か言おうとして口ごもるジョナサンに気付いておきながら放っておき、花京院は空の紙コップを手できちんと折り、それを持ってごみ箱まで歩いていく。 「そっか、うん……ありがとう」 かける言葉が思いつかないのを、必死に絞り出した―――そんな風なジョナサンが咳ばらいをして、もう一度「うん。」と自分の考えがまとまったように頷く。 「不透明で無責任なことは言えないから、絶対とはいえないけど……ただ」 がたんっとジョナサンが椅子を引き、同じように紙コップを持ち上げてぐしゃりとその巨体から繰り出される握力でつぶす。 嗚呼なんていうか、情熱的な人だなぁ。 花京院は目の前で熱く台詞をかけてくれている、紳士的な優しさのあるどこかおっちょこちょいなジョナサンを、あえて黙って見守る。 「人は幸せになるべき存在だ。それは、男も女も変わりない―――僕はディオが幸せになる最善の努力を、命が尽きるその日まで……すると誓うよ」 「…それは結婚式でいうべき言葉、のような気がしますよ」 「あ……ははっ。本当だね」 「はは」 友人同士がそれをするように自然と笑みがこぼれる。花京院自身とても不思議だった。 元来人見知りをするのが自分という人間だ。良くも悪くも慎重な人付き合いを好む。初対面の人と打ち解ける術を知らないし、その気も起こらない。 なのになんだろう……この心地良さは。まるで幼いころからお世話になっていた、近所のお兄さんのような親しい者。そんな居心地の良さを感じていた。そのせいか、ぽろぽろとジョナサンの漏らすジョークに反応してしまい、すでに頬筋が吊ってしまいそうなほど酷使されている。 この人だからなのか? この人だから、特別に居心地がよいのか ―――そこまで考えて花京院は無意識に首を横に振る。 そうじゃ、ない。 これは…… そのとき。 なんの前触れもなく楽屋の扉が音をたてる。すると、小柄な影が中にすっと入って来た。 「随分と楽しそうだな?」 「お帰りディオ、話は済んだかい?」 「じゃないとここに戻ってこんだろ、このマヌケがぁ~」 「それは良かった。……ところで少し言いにくいんだけど…頬のところ」 「あぁ?」 「なんかついてるけど、まさかチョコとか食べてきたの?」 「……ついてない」 「あっ、いま手で拭いたからとれたよ」 「ついてないと言っているだろうが!」 「そんなにムキにならなくても…いたたたっ、」 「貴様がふざけたことをいうからだろうがッ!! 私はチョコなど食べておらん、断じてだ! 第一このディオがそんな甘味など食べるはずなかろう!!」 「え~この前は僕が買ってきた差し入れのケーキ、一番甘いやつを選んでいたじゃないか」 「~~っ!! 違うちがうっ、ちがーう!!!」 「いだっ痛いって……はいはい、わかったからさ!」 「ふんっ」 分かればいいんだ、鼻息を荒く出して腕を組んだディオはそう言いたげだった。大層ご機嫌斜めに頬を膨らませていたが、ジョナサンが言ったことはきっと、図星だったのだろう。 だってディオのご自慢のふっくら唇のグロスが、一部とれている。まさかディオなるものがそんな下手な塗り方をするはずがない。…誤魔化せないに決まってるのに。 どこまで見栄を張るのだろうか。子どもっぽく甘い物が好きだ、というのを隠そうとしているのがバレバレだ。それでも「違う!」と声を怒らせるディオを宥めるため、ジョナサンは納得したとばかりに頷いて、「そうだねそうだね。」とニコニコ笑っている。 ……そうだこれだ。 花京院もつられて頷いてしまう。そうだ、これなんだ。 さっき感じた居心地の良さの理由に出会えて花京院は次第に頷きを大きくした。ついには喉の奥で「うん。」と言ってしまう始末。 これにはさすがのディオも気づいたようで不機嫌そうに、 「おい、」 と声をかけられる。低い声がイライラを反映しているように感じる。 「なにが、“うん”なんだ? 花京院、え゛え?」 「あ…え、それ言った方がいいんですかね?」 「この私が訊ねてやってるんだ。四の五の言わずに答えろ、早く言え」 「別に大したことじゃないんだけど……お二人の会話を聞いてるとなんか、合ってるなって思って」 「……どういうことだ」 ちらっとディオがジョナサンをみて、貴様なら何か知ってるだろう! と目で訴えかけるが当然ながらジョナサンが知るはずもなく。ジョナサンが首を緩く振るのを確認してから、ディオは舌打ちをする。 「使えん奴め、」とぶつぶつと続いて文句を言っているが、まあまあと宥めるジョナサンの手の中でディオの言葉が有耶無耶に消されていく。 「説明しろ、花京院」 「そこまでするんですか僕……」 「当たり前だ。貴様以外にわからんだろうが、それともなんだ、あれか……私を悩ませておいて不眠症にさせる気だな? 嗚呼かわいそうな人間だな、私は! こんな自分勝手な人間の言葉遊びのせいで満足に眠れもしないとは!!」 「…貴方はそんな些細なことで眠れなくなるタマじゃないでしょうに」 「早く言え。私の気は長くないぞ」 急かされる花京院がしゃあなしといった風に口を開いては告げられた内容にまた、ディオが怒りを爆発させる―――そんなことをこのとき花京院は予想だにしなかった。 「僕が居心地がいいと感じたのはジョナサンさんとの会話じゃなく……どちらかといえばお二人の遠すぎず近すぎずの仲睦ましさが、微笑ましいというか…。だから僕はジョナサンさんとディオさんと会話を聞いていて、心地良いと感じたんだな~……って」 「……」 「…ディオさん?」 「―――~っ!! ジョジョォオオオオオ!!! なんで勝手に貴様っ、私の話をしてくれてるんだっ!! あれほど言うなって言っただろ!? 貴様のその耳は本当にお飾りか、意味のない物なのか!! あ゛あん!!?」 「ちょ、おちつ…」 「黙れ貴様ァアアアアアアアアアア!!!!」 そんなふたりを見てまた花京院は、 「これがいいんだ」 と暢気に呟いていた。 2014年 12月31日 夕方 「あ、」 チャンネルをこねくり回していたジョナサンが、ふと声をあげた。 次男は「ん?」と視線をあげる。テレビの中では番組名がでかでかと映し出され、司会者の独特の話口調が耳に届く。 末っ子は読んでいた論文から目を離さずに、ジョナサンに疑問を投げかける。 「どうかしたのか」 「いやね、僕が珍しく出た番組がさ、ちょうどやってたから」 「兄貴がバラエティー番組とか珍しいよねン~」 こたつに潜り込んでいた次男坊が、隣にいた兄弟に「ミカンむいて~」と頼んで即座に拒絶されたことに不貞腐れていると、ジョナサンがこたつに片足を突っ込んだ。チャンネルをそれで固定したジョナサンが兄弟と同じようにこたつに入りながら、視線をテレビから離さない。 「おっシーザー・A・ツェペリじゃん」 「なんだジョセフ、シーザーさんと知り合いだったの?」 番組が中盤のCМにうつると、ジョナサンは次男ジョセフの漏らした言葉に反応する。 「いんや~声優と関わることなんて滅多にねえよ、兄貴と違って。……前にテレビ局のフロントで偶然会ったとき、そのシーザーって奴が女口説いてたから、“お前、本当は男じゃねえの~胸もねえしぃ”ってからかってやったら、殴られた。くっそォ~なんだよあのアマ!」 「……ジョセフ。あれほど言ったよね、どんな女性にも優しく、って」 「あ、やべ」 静かに諭すのが一番効果的だと知っているのかジョナサンは声を荒げることをしない。 だからといって怖くないのか、といったらそうでもない。 少なくともジョセフは、横の一角に腰を下ろしている男からの視線を真に受けれる自信がないので視線をテレビに逸らして、苦笑いに混ぜて謝った。 眉を寄せるジョナサンはそれ以上なにも文句は言わない。ただ同じように視線をテレビに戻す。 まだCMが続いている。ちょうどジョセフが出演しているスポーツドリンクの広告だった。 毎日何十回も見ているそれに誰ももう反応しない。 てか最近はコマーシャルが長すぎて少し嫌になる。 「シーザーさんが悲しんでたら、うーん、ディオに何て詫びればいいんだろう?」 「げっ、シーザーってあいつと仲良いのかよ」 「…まだあの野郎と付き合いがあったのか、ジョナサン」 ぽつりと零したジョナサンの台詞にたいし、会話に参加したがらない承太郎が、珍しく口を挟む。 机に肘をつきその上に乗せてあった承太郎の色気のある顔が、微妙そうに歪んでいる。言外に「やめておけ」と告げている。 それにはジョセフも大賛成だ。あんな性格の捻くれた野郎、幼馴染でもなければ一生、話しかけることはなかっただろう。 幼いころからディオという奴は口が達者で、極悪非道な幼女だったのだ。 今も昔もジョースター家は総じてディオという女が苦手だった。あわよくば世の中に出すべきではない…と性格改革を行ったのは懐かしいこと。あの頃はまだジョセフも承太郎もディオを毛嫌いしてはなかった。 それがどう転んだのかよくわからないが、長男のジョナサンだけがディオを嫌わずに…むしろ女性として受け入れていた。思い返せば幼稚園の頃からもうすでにそうだったのだろう。手を繋いで仲良く登園していたのも、その象徴だろうし、バレンタインデーにはジョナサンがディオに薔薇を送っていたことも、ジョセフは知っていた。 そんな仲睦まじいふたりだが、年月は誰しもに平等に流れるものだ。残酷にも穏やかにも…。仮に、時を止めれる者がいるなら別の話だが。そんなわけはなく。 大学生になったジョナサンとディオはそれぞれ別の道を歩み始めた。スカウトされて俳優になったジョナサンと、なぜか自主的に声優になったディオ。同じ芸能界とはいえ進む方向は違うため、ジョセフとしてはもうふたりに接点はないのだろうと思っていた。家でもそんな話が出たことはないし。 なのに。 「よく一緒に食事するけど、どうしたの?」 「はあ…マジかよ」 「あの野郎も懲りねえな」 「? なに言ってるの、僕は彼女と、」 そのとき。 ぼんやりと目を向けていた画面が切り替わり、番組が再開される。 司会者が出演者のもとへ行っていじっている、ぐらいしか頭に入ってこなかった。 年末年始はなんというか気難しい番組が少ないから、こう、ゆっくりと適当に見ていれる。 ジョセフは机の上に手を伸ばし、しょうがなくミカンを自分で剥こうとした、そのとき耳に入ったコーナー名に口に放り込んだばかりの果実を噴き出した。 『まさか! 今旬声優がジョナサンに騙された!』 「ぶふっ」 げっほ…げほッ!! 酸っぱい汁が喉の奥を痛めつける。 無残に飛び散った果汁が向かいの承太郎の本にまで飛ぶ。 「なにしやがる…」 静かなる怒りで睨みつけてくる弟は怖いが、それよりも、ジョセフは咽ながらテレビに視線を向ける。 隣にいたジョナサンはテレビに夢中でこちらの反応に気付いていない様子だ。 『土曜夜九時ドラマ、不動の人気ナンバーワン俳優のジョナサンさんに今回は、なんと! なんとなんと…ドッキリを仕掛けてもらいましたっ!!』 観客席から悲鳴が飛び交う。どこからか意味不明な拍手も出た。 『今回は本当にありがとうございました、ジョナサンさん! にしても…ジョナサンさんがバラエティーに出るのって珍しいですよね?』 『僕自身、面白いことは大好きですからね。もっと呼んでいただいても構わないんですが。ただ、スケジュールが合わないんで…困りますよね』 『おっと出ましたね~! 人気俳優独特の年中無休発言!! くあ~羨ましいですよ』 『ああっ。ごめんなさい、そんなつもりじゃあなかったんですが、』 『そんな堅苦しくならないでください!? 冗談ですってば、ねえ、皆さん!!?』 煽り笑いのような声が音響から出される。ついで出演者から野次を飛ばされる。それに司会者が肩をすくめるとまた出演者のお笑い芸人がツッコミを飛ばす。 ジョセフは、「まっマジか…」と目を瞬かせた。 ―――審査員じゃ、なかったのかよ…。 何度もいうがジョナサンがこんな番組に出るのは、本当に珍しい。というか初めてだ。ジョセフが知っている限りでは。司会者が言ったとおりだ。 それなのにこんな、初登場で仕掛け人とは思いもよらなかった。特にこの騙すことが不得意なはずの兄弟がそんなこと、引き受けるとは想像できない。一体どんな頼み方をすれば、了承する気になってくれるのだ…。 前のめり気味にテレビに食いつき、内容をしっかり目に焼き付けようとする。ジョセフは兄を起用した番組がとても気になった。 ちなみに論文を読んでいた承太郎はその間も、汚されたページを丁寧にティッシュでとんとんと綺麗にしようと奮闘している。 司会者が興奮気味に甲高い声で話していた。 『しかも! 皆さん驚きますよ~これだけじゃあないんですよ、なんと! 今回はジョナサンさんに加えて、もうひとり仕掛け人をしてくださいました!』 『…だいたい彼女が仕切ってくれたんですけどね』 『ジョナサンさんがこれほどまでに苦笑を促される相手とは、さあ皆さん気になりますね? 気になりますよね! では、さっそくお呼びしましょう』 奥の幕へとズームするカメラ。ナレーションが盛り上げるように“果たして一体誰なのか…!?”とご丁寧にテロップまで流す。 ごくり。無意識にジョセフがつばを飲み込む。 緊張しているというのは初仕事のジョナサンの失態を考えて…という部分が大きい。 幕が左右に開かれ、光が下から溢れる演出の中から出てきたのは、なんとも―――この場にふさわしくない人間だった。ジョセフは顎が外れそうになった。 『…どういうつもりだ、ジョジョォ~?』 『ははは、どういうって、別に…』 『こんなに美人な彼女ができたのいうのに、ぞんざいな言い草じゃあないか』 「…かっ、彼女おおおおおおお!!?」 ジョセフは隣を咄嗟に振り向く。テレビのなかでも全員が度肝を抜かれて声をあげ人によっては悲鳴を響かせている。 しかし、こんなに騒いでもジョナサンはテレビから視線を離さない。おいおいおい驚く俺が悪いのか、そうなのか? こたつの中では承太郎に足を蹴られた。煩い、とのことだ。 しょうがなく咳払いをしてから事の詳細を見るために、電波箱の方を向く。叫ぶのを防止するためにジョセフは、口をこたつの蒲団に押し付ける。 画面の中では、彼女ことディオ・ブランドーは高圧的な表情で足を伸ばしていた。 『いい感じで盛り上がってきましたね~番組も! 彼女…とのことですがあれでしょう、幼馴染なんですよね?』 『おい。そんなことが今関係あるのか?』 『ちょっとディオ、喧嘩腰なのはよくないよ。…そうです。僕たちは幼馴染で、だから今回僕はディオに持ちかけられたドッキリのお手伝いをしたんです』 『てことはあれですね? 仮にもし、ディオさんにドッキリのオファーが来てなかったら、ジョナサンさんも今回仕掛け人になってくださらなかったと?』 『ということになりますね』 『なんてことですか…! ディオ様ありがとうございます、ってところですね!!』 『ふんっ。当たり前だ』 出演者のジョナサンの席の隣に椅子が足され、そこにディオがスカートを押さえながら据わる。滑らかな動きに気品が漂う。そのくせ次の瞬間には長い脚を組み、白いスカートの下がほんのわずか見えそうになった。 思わず…といったように唾を飲み込む男性陣。しかしそのときジョナサン―――こたつにいる方の―――が小さく、「…はしたない。」と呟いた気がするのは、気のせいか? 確認のために視線をジョナサンに向けるが、兄は相変わらずテレビを見ているので確認するのは諦める。 それにしても、この悪趣味なファッションを好んでいた女が何故こんな純白の服を着ているのだろう。そっちの方が不思議だ。 まともなセンスに戻ったのか……と安心できればよかったのだけどそうもいかない。 それは視聴者だけでなく司会者も疑問に感じていたらしい。 『これまた可憐な衣装ですが、一体どうなさったんでしょうか?』 『なんともワザとらしい問いをしてくれるじゃあないか、ええ? その答えはVTRをご覧ください~とでも言えばイイのか』 『ははっ手厳しいなあ。ディオは』 でもまあ、そういうことかな? と画面の中で穏やかに紳士的な笑みをみせてくれた、ものすごく見覚えのある美丈夫が司会者に「どうぞ」とフリを任された。 照れたようにはにかむ顔に周囲は絆される。ただ、隣の席のディオだけがテレビの顔らしくなく不貞腐れていた。 パッと画面が変わり『一か月前』という文字が映し出される。とあるテレビ局のアニメが突然流れた。 キラキラした光が散りばめられてその中から目の大きな少女たちが、短いスカートをひらひらとさせステッキを振り回す。 “邪悪な心を跳ね返すっ、聖なる太陽の光! キュア・ワールド!” “げげっ! 現れたなスタンド使い世界め!” “私のいる前で好き勝手はさせんぞ!” 金髪を揺らしながらビルの上から飛び降りる少女たち。BGMが最大に盛り上がる寸前でナレーションが入る。画面の中ではまだ敵と戦う三人、しかしそのうち一人が転んだ。 『いま大人気のアニメ、大人から子どもまで幅広い視聴者から支持を得ているジョジョ☆キュアシリーズですが、その中から今回ターゲットになったのは…』 カメラがアニメの中でズームされ、その転んだ少女を映し出した。 “…ぐすん。小石さんに躓いちゃった、てへ” 頭をコツンと拳でぶつけ、舌を出してみせる黄緑のスカートを穿いたキュア・チェリー。呆れながら残る二人が少女を引き上げる様は、さながらお荷物だ。 「うへぇ…ぶりっ子かよ」 思わずといったように、ジョセフは舌を出す。渋い物を含んだ時のように顔は顰められている。初見のアニメだがたぶん日曜日の朝にやってるやつだと予想はつく。 軽くナレーションがそのキャラについての説明をしている。そのたびに画面の中で、こけるわ泣くわ男に媚びるわ…どうにも胸糞が悪い。 一体こんなやつを取り上げてどうすんだか。 チャンネルを変えてやろうか、とちらりと辺りを見渡すとテレビにさっきまで釘付けだったジョナサンが、ふう…と一息ついていた。どうやらこの兄貴もこのアニメに興味はないようだ。てかきっとさっきまで夢中だったのは、珍しく自分が出た番組だったから失態を犯していないか気になっていたのだろう。まさかディオとの掛け合いを喜んで見直していたわけじゃああるまい…。 チャンネル見っけ。 手を伸ばそうとして、それを払いのけられた。 「なにすんだよ、承太郎」 イラッとして払いのけた張本人をジト目で見るが、今度は承太郎の方がテレビに釘つけになっていた。 「……花京院」 「はぁ?」 「嗚呼、キュア・チェリー役の声優さんだね。そういや承太郎は“ジョジョ☆キュア”好きだったよね」 「げっ。マジかよ」 ジョナサンの言葉に驚いて承太郎を再度見るが、瞬きもしないその目が充血しそうなほど真剣だったのにビビり、声をかけ損じる。 「好きって言ったってよ~こんなぶりっ子みてて面白いかぁ?」 「ふふ…本当は違うんだけどな」 「? てかさ、ねえねえ兄様ぁ」 ジョナサンの返答が理解できずはてなを浮かべるが、それより、ジョセフには思ったことがあった。 それを尋ねるために敢えて気色悪い猫なで声を出す。 「この三人なら誰がタイプ?」 「え~アニメのキャラでそんなこと聞くのかい?」 「ちなみに俺はさっき見かけた金髪のやつね!」 「…それどっち」 「あ~っと。たしか……これこれ!」 画面が移り変わり、下部にヒロインたちが描かれその横に名前が並べられる。どうやら声優の女性がインタビューに応えるらしい。 頭を下げていた女性二人も金髪だったことにジョセフはへえ~と思いながら、左の方のキャラ名を読み上げた。 「キュア・しゃぼ…んん?」 『こんにちは。キュア・シャボン役のシーザー・A・ツェペリです』 「アイツかよっっ!!!」 「あははは。なんだい、ジョセフ。結構シーザーさんと仲が良かったんじゃあないか」 「ちがうちがうって! おれ知らなかったし、それにほら、あの三人の中では~って話だし!! 他の面子から見てどうかんがえても常識人じゃん、だから選んだだけだしぃ!!?」 「人気はたしかにあるけど、別にシーザーさんのキャラだけがイイわけじゃないよ? ほら、僕はこのキュア・ワールドの方が好きだし…」 「―――これ、ディオじゃね?」 長い脚を組んで挑発的に笑っているモデル並みの容姿の女の下に、“キュア・ワールド役”と書いてあった。この高飛車で傲慢そうな笑みは見たことある、てか完全に直で見下された記憶があった。 ジョセフの中で思い出したくもない記憶の奥底からそれが想起される。 段々と組み合わさっていく今回のドッキリの内容に、「あ~」と無意識に頷く。なるほどそういうことか。 質問に答えるディオが意地悪そうに笑いを飛ばしたり、シーザーがクソ真面目に回答したりしていた。内容はキュア・チェリーならぬ花京院についてだった。なんとなく聞いていると別になんてことない、番組からの要望を飲んだドッキリ。そのくせ、よくよく本人たちの表情を見て、言葉の端々に気をかけると、中に大きなものが含まれていることに気付く。 『私たちばかりが売れても面白くないからな。なに、全員が売れなければその人気にはそのうち陰りが見える―――貴様たちにはそれがよくわかっているだろ?』 ディオの問いかけはまるで質問ではなく、決定事項のように頷かざるを得ない、目に見えない圧倒的な力がある。スタッフが困り気味に愛想程度の笑いを零す。つられて笑うディオを見て、スタッフはほっと息を吐いたのが画面越しにでもわかる。 隣に座っていたシーザーがそこで、 『ちょっとそこの扉にいる可愛いシニョリーナが気になるが…仕事中だからね我慢します』 と笑いを誘う。VTRを見ている観客からも明るい声が飛び交う。 『こうディオは言ってますけど、彼女も結構悩んだ方ですよ?』 『―――そうなんですか?』 『おいおい、嘘はよせ。シーザー』 『これ以上言ったらシャイな天使にぶん殴られるんで、ご想像にお任せしますよ』 『誰が天使だ、誰が!』 シーザーの頭を小突くディオ。さっきまでの気まずい雰囲気が嘘のように笑いが溢れる。 それを画面越しに見ていたジョセフは、フロントで会ったときとは違う…思わず見とれていた。まさか一介の声優がこれほどまでに場をコントロールできるとは、思ってもみなかった。 『でも俺も今回の企画は丁度いいと思いましてね』 『…こいつ、ギリギリまで悩んでいたくせに』 『いいだろ? 最終的には従ったし』 『―――なんでまたシーザーさんは受け入れたんですか?』 『それは実際のドッキリ映像を見たらわかりますよ。…彼女がどういう人間かってね』 そこでシーザーは片目をぱちんとハンサムにウィンクさせ、ハートを飛ばした。女性陣から悲鳴が上がる。なんとも今回の収録の観客は元気だなあ~とぼうっとしていたジョセフも、気づかないうちに見惚れていたのだろう。 そこでハッとして己を振り返ってみると、どうやらテレビに釘付けだったのは承太郎だけじゃなかった。自分自身も今回のドッキリを待ち望んでいたかのように前屈状態になりながら、目をテレビの中の“声優たち”から離せていなかった。 ―――そりゃ兄貴たちが夢中になるわけだわ。 ジョナサンはさておき、承太郎が毎週見るアニメだということで先ほど馬鹿にしたが、こんな声優たちだったら見ようという気になる。なんというか、この会話をする雰囲気がイイ。 ここにその花京院とやらが入ったらどうなるのだろう……。 ふとそう考えてみるが、どうにもこうにもさっきのぶりっ子しか過らなくて、面白くない。 仮に、ないとは思うが、もし自分がこの声優たちの握手会が行っても、シーザー以外には握手をしてほしいと思えない気がした。 そのくせして真向かいの末っ子は、ドッキリの本題にうつった途端から“声優 花京院が騙された!”という売り文句から目を離さず、こちらに反応も見せない。ただのファンというよりか、いっそのことオタクの領域だな。 ドラマやクイズ番組の承太郎ファンは絶対に嘆き悲しみそうな嗜好だ―――。 まっ、知ったこっちゃねえか。可愛い弟の趣味なわけだし。 ジョセフがこたつに潜りなおすと、テレビはとある楽屋を映し出す。どうやら隠しカメラのようだ。 そのあと楽屋の扉外に映像が切り替わり、ディオとジョナサンが一緒に立っていた。 『説明されたはずだが、もう一度おさらいしておく。ここで聞いても分からんようなマヌケは見るな、無駄だ』 『まあまあ…』 『ようは理解しろ、いいな? 内容は簡単だ。私ディオ・ブランドーは今からジョナサン・ジョースターを連れて花京院のいる楽屋に入る』 『そう。そこで僕がディオの彼氏、と出鱈目を教えるんだ』 ええ~と観客がどよめく。だがジョセフは「ですよね~。」と予測通りだった内容に頷く。 『途中で私の方に事務所から連絡がはいったと伝え、退出する。その間ジョジョには花京院とふたりっきりで会話をしてもらう。ここからが本題だ!』 『僕の演技力が試されるってことだね。花京院さんが本当にぶりっ子なのか、性格をさらけ出してもらおう…っていう目的です』 たとえば僕が花京院さんを褒めちぎったり、ナンパしたり…ってこともあるか も。 カメラに向かってジョナサンが悪戯に笑いかけると、「きゃあ~!!」と観覧者側が一際ざわつく。ふふ、とカメラの中で笑いっぱなしのジョナサンは隣にいたディオに肘でつつかれ、『おい、中に気付かれたらどうする…!』と抑えた声で注意された。 どこかディオのその表情は不快そうだ。 ふとジョセフはこたつに入っている張本人をみる。 日頃温厚な顔つきをしている彼はテレビの中と同じ表情をしてそこに座っていた。そう、目を細めて何かを楽しむようにこにこ、として。ディオを見ていた。 ……そゆことねン。 そりゃドッキリの仕掛け人にジョナサンがなるはずだわ。 人知れずジョセフはお調子者の顔を崩して、頭を抱える。どうもこうもないが…この兄貴だけは手に負えないと幼いころから身に染みて理解しているから、つっこめる所が見当たらない。 もうどうでもいいや、なるようになれ! こうなりゃディオがどーなろうと僕ちゃん、知らないもんね~!! どうにか自分を鼓舞させるジョセフ。 テレビの中で交互に企画説明をしてコンビネーションをみせつけるジョナサンとディオが、十二分に仲が良くなったことをアピールしていたとは、気付かなかったふりをした。 そのとき画面の中で動きがあった。 安っぽいパイプ椅子に座ってテーブルに何か雑誌を広げ、一心不乱に鉛筆を横一線に走らせている女性が映る。 赤毛の跳ねた大人しそうな女だ。少なくとも下品なことは好みそうにない顔にみえた。 それが映ったとき、こたつの中で誰かの足がガタンっと周囲を蹴った。ジョセフが顔を顰めると、代わりに承太郎が机に手をついて前のめり気味にテレビの方に身体を向ける。喉がコクンと動くのが見えた。 おいおいまさかそこまで…? 謝りもしない無礼講な弟もそうとう重症らしい。 『…両脇にある3が挟んでるから……一段ずらして…つぎの、』 ぶつぶつと女が小難しいことを言っているがカメラの設置場所の関係でなんの雑誌かはわからない。それの正体がわかったのは、ディオが突入した後に彼女がそれを持ち上げ、ちらりとカメラ向きに映してくれたときだ。 部屋に響くノック音に間延びしない真面目な返事を返し、花京院という女は顔を扉へと向ける。入って来たのがディオだと分かるとスッと立ち上がり、一礼する。 花京院は次いで入って来たビックスターに驚いたように目を丸くするが、次の台詞にこっちの方がびっくりする。 『どちらさまですか?』 『えっ、僕のことを……しらないのかい?』 『や、はい、あの…すみません…?』 一瞬カメラが司会者に切り替わり、「知らへんのかい!」とツッコミ会場を沸かせる。違う意味でこっちも湧いたが、主に承太郎が。 元通りカメラは楽屋の隠しカメラへ。 ジョナサンが驚きつつも残念そうに、それでいて穏やかに自分の名前と職業を教えた。 はいゆう、というワードを聞いて花京院は顔をさあっと鮮やかに青褪めさせる。まさか…と顔に言葉が書いてあるようにみえる始末。 『すすすすみませんっ、まさか同業だったとは…あの、』 頭を必死に下げて深く下げて、を繰り返す彼女はどこからどう見てもぶりっ子に見えない。それは演技なのか、それともディオという先輩の前だから取り繕っているのか。ジョセフにはわからない。 ジョナサンが花京院に向かって、 『たかが俳優の一人や二人、知らなくても仕方がない』 と慰めの言葉を優しくかけるがその台詞にほとんどかぶせるようにディオが、 『たしか一昨年の男性俳優新人賞をとった奴だ』 と畳みかける。すると花京院の顔が可哀想なほど色を失っていく。まざまざと“しまった…っ”という表情をしていた。どうやら花京院はドラマをあまり見ないらしい、どちらかというとアニメの方が見るのだろう。声優も喜んでなったっぽいし。 それよか向かいにいる弟の方が怖いんだけど―――ジョセフは敢えてそっちを見ないことにした。 焦って何度も謝罪する花京院を他所に、ディオは花京院の私物らしき雑誌を荒々しく持ち上げて中身をカメラにちらちらと晒す。なんともファンサービス旺盛な奴だ。いつもは酷い言葉と笑えないジョークしか口にしないくせに。 なんかしゃくだけど、一応そういう所はしっかりしてんだな…。 ジョセフが唇をとがらせていると花京院が見ていた雑誌がナンプレだということがわかる。…まるで主婦みたいな趣味だ。そうジョセフが思うと、テレビのなかでもお笑い芸人のひとりが「なんや、めっちゃ主婦ですやん。」と呟く。 まったくその通りだ。よし、承太郎が鉛筆を動かしているが見てない見てない。 雑誌を放り投げたディオ。それに対して花京院は何も文句を言う暇もなく、慌てていた。 そこへディオが無残にも本題を切り込んだ。 『顔をあげろ花京院。きょうは報告することがあって来た』 強制的に顔の方向を変えさせ、ディオが腕を組んでニヤッと花京院へ意地悪に笑いかける。 『なんですか、そんな改まった言い方をして…お嫁に行くんでもあるまいし』 『その通りだ』 『……は?』 唖然、騒然。あっけらかん。口を開けたまま間抜けにもディオ達を見つめ続ける目は、何故? という疑問をわかり易く含んでいた。 あまりにも女性らしくない女子力のかけらもない心底驚いた、という表情にジョセフは腹を抱えて笑う。取り繕った表情よりも非常に面白い、それは視聴者全員の笑いを誘った。 『スピーチ内容でも、せいぜい考えておけ』 そう告げられた花京院はまだ疑っているようだが、一応はジョナサンの助言もあり本当かもしれない…と信じかけていた。しかしそれと同時に、どうやったらディオの心を落とせたのだろう? と探りを目で入れているのも大いにこちらに伝わる。どうもわかりやすい人間だ。 言葉のやり取りを、片方がバウンド気味に投げるのを片や足で蹴って返すレベルで噛み合ってなかったが、痺れを切らしたディオがジョナサンへと暴挙を働いたことで事が一変する。 なんと。 『こういうことさ』 すっと腕を伸ばしディオがそのすらっとした指をジョナサンの首にかけ、抱き付いてしまった。しかもそのままジョナサンの厚い胸元へ擦り付け、挑発気味に花京院を振り返り、「これで満足か、信じるか?」と視線で畳みかける。 辺りをつんざくような悲鳴が広がった。 スタジオにいた全員が悲鳴やら驚嘆の声やらをあげ、一面夥しい事態になったのをカメラがとらえる。 中にいたディオとジョナサンだけが顔を顰めたり苦笑したりと、面倒がっていた。 ジョセフもジョセフで、ふとこたつに居る兄貴の横顔に視線を沿わせる。そこにはいつぞやの承太郎を思い起こさせるような、真剣な目があった。いやだわ~と苦笑を浮かべてジョセフはテレビに視線を戻すが、そのせいで気づけていなかった。 別にジョナサンは真剣に見ていたわけではない。 ―――このとき本当は、ディオの手、震えてた。 見た目ではきっとわからない強気な彼女の行動。その裏ではジョナサンに少し触れただけでもビクついてしまう。そんなディオを思い出しては、ひとりこたつの中のズボンが窮屈になるジョナサン。そんなことは微塵も顔に出さないのが俳優として彼のすごいところだ。 『ちっ、事務所からか……悪いが、いったん私は抜けるぞ』 ドッキリは本題に差し掛かった。 演技には見えないほど完璧にディオはスマホを見て舌打ちをし、楽屋から足早に去った。そのあいだも軽口は絶えず行われて。 移動したディオは次に別部屋に向かった。 そこにはすでにシーザーがパイプ椅子に腰かけており、片手をあげて挨拶をしてきた。 ディオはその簡易机に置かれたモニター画面を前に、 『ここから花京院とジョジョのやり取りをのぞくぞ』 と軽く説明しながら耳にイヤフォンを取り付けた。隠しカメラは、ふたりの優雅なお茶タイムを映している。椅子にいつの間にかついたジョナサンは不自然に視線をうろちょろさせ、ディオが手に持っている方のイヤフォンに、 『大人しくしろ、動くな!』 と叱りつける。 ぴたっと動きを止めたジョナサンが犬みたいに従順で、おもわず見ていた観客席から笑い声が出る。 ミッションとしてディオが初めに言ったのは、 “冷たく対応してみろ” ということだった。 たとえば女が傲慢だったり性格が悪かったりすると、相手が素っ気無い対応をされたときに突然態度が悪くなるからだ。まず言葉の節々に嫌味がつくか言い方がきつくなるし、ほかにはあからさまに話しかけなくなる。 とはいえ相手がイケメンなら何があっても話しかけようとするだろうが。 その命令にヘタクソに従ったジョナサンは、紅茶の砂糖の量を窺った花京院にたいして素っ気無い態度をやっとのことで行った。 だが、花京院はそれに対して平然と頷いた。 これでは花京院が怒ったり怪訝だったのか、判断がつかない…。だって穏やかに返事をされたのだから。 次のミッションは、花京院とジョナサンがディオの話題で盛り上がっているときに落とされた。 別部屋にいたディオは自分のことに話が及んだとき、咄嗟に顔を伏せてプルプルして「…許さんぞォ、アイツらそんなこと思ってたのか…!」と唸っていた。そのあとに顔をがばっとあげ、イヤフォンに適度に怒鳴りつけて、ジョナサンへ、 “口説いてみろ、早くしろ!” と指令を出した。 会話を中断したジョナサンがあからさまに困ったように「あ~」と漏らしたことに、花京院が不思議そうにするが深く追及されることはなかった。 それをテレビの前で見ていたジョセフは、 ―――賢明な奴だな…。 と花京院への認識を改めていた。 というか不躾な態度をされても怪訝そうに顔を顰めることをしなかった地点で、人としてできている証拠なのだろう。 どうしても褒め言葉が浮かばないジョナサンが、つい、 『可愛い』 とそのまんま口に出してアタックした。それだけでも女性の高い声がテレビの中で少し漏れたが、これだけじゃあどういう意味か分かるはずがない。 馬鹿かっ!! と怒鳴りたくなるのはなにもディオだけじゃあなかったはずだ。拳を握ってモニター画面を殴ろうとしている彼女を「落ち着け、おい。」と苦笑気味に抑えたシーザーは、ディオの代わりにイヤフォンに向かって、助言した。 “いいですか、ジョナサンさん” 『……?』 “このシーザーが今からいう言葉を復唱してください” 『……、』 元がイタリア出身のシーザーの言葉は、男が聞いてもこっ恥ずかしい内容だった。道端でこんなことをいう輩がいたら、どんなナンパ男かと精神を疑うレベルだ。少なくとも日本では。 しかしそれを言うのがこのジョナサンという、体格のしっかりしてそのうえ雄っぽい強さがあるくせに聖人のような優しさを秘めた美丈夫だったのだから、見ている人間の気分は半ばパニック状態にまで興奮を引き起こしてしまった。 前とは比にならないほどスタジオに女性陣の悲鳴が響き渡る。いっそのこと床が振動するかと思った、と漏らすジョナサンの台詞はあながち嘘ではないのだろう。 見ているこっちがこれほどまでに叫んだり唖然としたりしていたのに、驚くべきはそれを聞いてもキョトンとして首をかしげた花京院だ。 『どうなさったんですか?』 『え、えっ……なにがだい?』 肩をギクっとさせて驚くジョナサン。怪しい動きをしたことにイヤフォン越しにディオが叱っているのがカメラにも伝わるが、それは仕方ないことのように思われる。 実際いま番組を見ているジョセフも花京院の無頓着さには、『こいつ本当に女なの、兄貴に口説かれて首をかしげるとか』と不謹慎にも疑っていた。現場にいたならなおさら意味がわからないだろう。いくら万人に優しく鈍感の神と比喩されるジョナサンでさえここまで言われれば、嗚呼口説かれてるんだなと分かるレベルなのに…。 ジョセフはもぎゅもぎゅとミカンを揉みながらテレビを見ていると、こたつの奥から変な声が聞こえた。 「…そうだ。そこがイイ」 「あ?」 空耳だろうか。そう思いながら向かいを見てジョセフは首をかしげる。口元に手をもっていっていた承太郎は、せわしなく口を動かしている。一瞬ミカンでも食べているのかと思ったが、テーブルのうえには承太郎の前だけミカンの皮が無かったので、ジョセフは依然気付かなかったことにする。 テレビではディオが次の指令を出していた。 倒したコップが染みを作ったのを見かねたジョナサンが、いつも通り紳士ぶりをみせて拭こうとしていたのを逆手に取った作戦だ。 “お詫びの品を送るために、連絡先をきけ” ジョナサンとしては、それは当たり前のことだった。だが周囲はそういうわけにもいかない。 まず初対面の相手に連絡先をおいそれと教えることはあまりに軽率すぎる。下心があるのでは、とすら考えて普通は教えないだろう。 つまりその時さらっと教え、なおかつディオという彼女がいるのにジョナサンともっと接触をのぞむなら―――悪女が決定するということだ。 はたして……というテロップが流れるが、申し訳ない話、もうすでにジョセフ的には結果が見えていた気がする。というのもそれは観客の人も思っていたことだろう。 『いいですいいですいいですぅうううう!! 気にしないでください、はい、大丈夫ですから! ね…ッ?』 「ぶふっ」 その必死さに噴き出す。目が回っているという表現がふさわしいような慌てようで、ジョナサンを宥めようと全力で働いていた。 しかも、だ。それに付け加えて、花京院がそう考えた理由というのも、花京院という女性を自分の中で位置付け直すきっかけになった。 『…なんというのか、そこまで…気を遣わせてしまったことへのお礼と謝罪の意を込めて―――って言ったら笑いますか?』 その真摯な目つきが彼女の人柄を語っているように感じた。 話し方も、考え方も、笑い方も……全部が彼女の人の好さを表していた。それはアニメの声優をしているときには見えるはずもない、人の本心。なりきって役をしているからこそ勘違いされてしまう、性格だった。 それから花京院とジョナサンの緩い会話は続き、バラエティー番組には珍しい穏やかなシーンが流れる。全部ではなかっただろうが、ここまでゆったりとして視聴率は下がらないのか? と変に心配になるが、花京院の良さが見えるたびにそんなことはどうでもよくなってくる。 結果すべてを総じて彼女は、優しい人だった。 それは周囲の人…ディオといった自分勝手な社会不適応者にたいしてもそうであるし、なにより自分にたいしてもだ。 それはとても大切なことだ。自分に優しく謙虚に思いやりを持っていなければ、いつか足元をすくわれる。 それを彼女はとってもよく理解していた。 「なるほどねン……うん、承太郎も良い奴に目をつけてンじゃん!」 「…あ゛あ?」 「やあ。満足したかい承太郎?」 「……さあな。」 「そうか」 ジョナサンはテーブルの上で組んだ腕のうえで穏やかに笑っている。そこには先ほどの真面目すぎるほどの鋭い視線なんて想像もつかない。 ご無沙汰になっていた論文に手をかけた承太郎はもうテレビに興味はないようだ。本当に分かりやすい、気になるアニメの声優が関係なくなったらもう、どうでもいいと背中が語っている。 さてと、俺もトイレにいこっかな~と腰をあげようとした時だ。ジョナサンが「あっ、すこし待って。」とそれをとめた。 「なんだよ?」 「うん…あとちょっとで出ると思うんだけど…あ、ほら」 『イイ話でしたね~ずばり、花京院さんはぶりっ子じゃないと?』 『貴様らがそう感じたならそれでいいだろう。いちいち答えを求めるな』 『こう言ってるけど、僕たちはそう感じてもらえたなら少しはドッキリに参加した意義があったかな、と思うよ。お互いね』 『おいおい勝手にまとめるなよ、ジョジョォ~?』 『仲が本当に良いですねお二人? では続いてそれをもっと最大限にドッキリに使ってもらいましょう。―――実はみなさん、このドッキリこれで終わりじゃないんです!』 「「は?」」 止められたジョセフは承太郎と同時に声を出す。意味がよくわからないが、どうやら何かまだまだ秘密がありそうだということはよくわかった。 画面の中で突然立ち上がったディオが、ふと上着を脱ぎ始めた。びっくりして目が丸くなったまま、唖然として事の運びを見ていると、そこにはウェディングドレスを身に纏ったディオが立っていた。いや、その言葉には語弊がある。なぜなら元から下にそれを着ていたのだ。 ―――だからあんな半端なスカートもどきだったのか…。 やはり悪趣味が改善されたわけじゃなかったらしい。がっかりしているジョセフだが、ふと何故ディオがそんなドレスを着ていたのか、疑問におもう。…なんか嫌な予感がする。 テロップでそのドレスが新作の有名ブランドの物だと説明されていた。どうやら宣伝も兼ねた服装らしいが、ディオはそんなこと一言も言わない。ただ腕を組んでから隣のジョナサンを指差し、 『今から結婚式を行う』 と宣言してみせた。 「はああああああああああ!!??」 『『『ええええええええええっ~!!?』』』 ジョセフと観客の驚嘆の声が完全にタイミングを一致させた。会場一致とはすばらしい…じゃなくて。どういうことだ!? 咄嗟に勢いつけてジョセフがジョナサンを振り返る。 見開いた目で問い質すようにジョセフはこたつの兄貴を見るが、本人は「えへへ~」と照れたように頭を掻いて頬を緩めているだけだ。否定しないところが可笑しい……てことは、てことは? ほんとうに? ほんとの、ほんとうに?? 「じょな、に…ぃ、」 ジョセフの呼びかけがテレビの爆音にかき消される。 『いやだな~ディオ、ちゃんと前提をつけなきゃ』 『といいますと?』 『1か月前にドッキリを仕掛けたままネタばらしをしていない花京院さんへ、ウソの僕たちの結婚式に招いてそこで盛大にネタばらしをするんだ』 『なんと、皆さん聞きましたか!? これから中継で結婚式ですよ? そんな舞台でドッキリ…涙出ますよ、冗談抜きで!』 『それを目的にしてるんだ』 『え?』 『なにも馬鹿みたいなドッキリで終わらせるつもりはない。花京院を泣かせてみたいとは思わんか? 私は思うぞ…ンっン~』 機嫌よさそうにテレビの中のディオが鼻を鳴らす。黙っていれば極上に容姿の良いディオが、比較的素直に楽しんでいる姿は目に毒だ。何人かの男性陣が釘付けだった。 ほら横の幼馴染も―――とジョセフが横の兄を見るが、不思議なことにジョナサンは冷たい目つきをしていた。 ギクリとしてしまったのは、想像と兄の反応がまったく違ったからだろう。ジョセフは本人に気付かれるより先に目を離した。 そのうちに番組は、準備時間の視聴率を繋ぐためにほかのドッキリを放送し始める。 さあ放送終了時間は24時05分。リミットまであと 2時間――― 「おい、じっとしてろよ」 「くすぐったいですってシーザーさんッ、」 「だーめだ!」 しっかりした筋肉のついたシーザーの腕に囲まれればもう花京院は逃げれない。ノオホホと笑いながら身をよじらせていたが、気づけば見たこともない自分の姿が鏡に映っている。 なんたるプロだ……。動き回ったりもがいたりしていた人間を相手に、ここまで上手くメイクをしてみせるとは。 「す、すごい…」 「ははっ。Grazie!」 「本当にすごい―――」 ちかく見惚れていた花京院だが、そんな場合じゃない!と道具を附属のメイクさんに返していたシーザーを振り返る。 手際よく片付け終えたシーザーは本能なのか、メイクさんの女性にも声をかけていた。 「ダメですってだからこれ、僕がこんなにメイクしてもらったら!」 「だって花京院は日頃メイクなんかしないだろ? 自分でさせたら失敗するのは目に見えてるぞ」 「うぅ……。」 言い返せない花京院。 シーザーは、「それにしても、粉ふかなくてよかったな~肌、綺麗だな花京院。」と褒め言葉を口にしながら泣く泣くメイクさんに手を振っていた。 戻ってきたシーザーが、鏡の前のゆったりした大きめの椅子に座らされた花京院の隣にやって来て、花京院の頬を優しく撫でる。自信作だといわんばかりのシーザーの顔に申し訳なくなって文句を言うのもはばかられるが、それでもだからこそ、あきらめきれずにいた。 「なんでディオさんの結婚式なのに、僕が、がっつりメイクしてもらってるんですか!」 「せっかくの友人の晴れ舞台にノーメイクでくる奴がいるか!? 驚いたぞ、俺は。少なくとも二十歳目前の女なら着飾ってなんぼだろ?」 「なんぼ、って……関西人みたいな…一体どこで覚えたんですか」 溜息を吐いた花京院が眉を顰めながらもう一度鏡を見て、つい口元を緩ませてしまいそうになる。 「あっ。いま笑ったな?」 「え、あ……その」 「やっぱりメイクっていいもんだろ? 花京院はもとが可愛いんだから、もっと挑戦してみていいと思うぞ」 「…そうじゃないんです」 「ん?」 スマホを取り出していたシーザーが鞄に手を突っ込んだまま、背後にいる花京院を気に掛ける。笑った花京院があまりに可愛いので写メを撮ろうとしたのだが、どうも彼女が声を潜めたので違和感を覚える。 やっと見つかったスマホを持ち上げ、振り返ると。そこでは花京院が顔を覆って泣いていた。 「お、おいおいおい!! どうしたんだよっ?」 「……ぅう…だって。だって、ディオさんが…お嫁さんに、なれた……さみし、くて…っ」 「あ~…うん。そうだよな」 すべての事情を知っていたシーザーは「しまった。」という顔をして花京院の蹲った肩を抱いてやる。そうだ、この妹分はディオのことを少しなりとも慕っていたのだった。 そりゃ、そんな人の結婚式となれば、嬉しいやら寂しいやらで胸がいっぱいになるはず―――だが。当事者たちからすればこんなもの“嘘の結婚式”なのだから、感動的に涙流す者は花京院だけ。なんか居た堪れないよな…。 シーザーは分が悪くなって顔を顰める。 そんなに泣いたら化粧がとれちまうぞ~と泣き止ませようとするが、こんな時にかぎっていつも円滑に出てくる優しい言葉が何も浮かばなくて、この部屋にある隠しカメラの方を見て『フォロー、フォロー!』と口パクで伝える。 数分後にやって来た来賓を装ったポルナレフ――花京院は知らないが、れっきとしたアクションタレント――が偶然にもこの部屋を訪れたと演技してから花京院のご機嫌取りをするまで、シーザーは引き攣った笑顔で歯をくいしばっていた。 そのときポルナレフに向かって、「面白くない。」と泣き顔で言い切った花京院の顔まで全部、テレビ放送されていたとはシーザーですら知らなかったことだ。 時間が経つごとに部屋の外でばたばたと人が走り回っていたが、それがまさかカメラセットのためのテレビスタッフだったとは花京院は知らない話だった。 「なんだか外が賑やかですね…?」 「あ~あれだ、アレ。きっとディオがウェディングのセットが気に入らないとか言ったんじゃないか?」 「なるほど。ありそうですね……そこのチェリー、取ってくださいポルナレフ」 「…なんで俺だけ扱いが違うんだ」 「ははは。我慢だ我慢、ポルナレフ!」 「はあ~」 シーザーに適度に誤魔化されたそれを信じながら、花京院は、ディオのウェディングドレスを想像して楽しんでいた。 また、ただの二言三言ぐらいで一気に打ち解けた花京院がポルナレフに我儘を言う姿も、ばっちりカメラに収められて、CМ前の短時間に流されているとは、ポルナレフすら思いがけなかったことである。 ホールに人々の話し声が広まり始めたのを見計らって、シーザーは花嫁へと小さく手をあげ合図を送る。社交辞令に事務所のえらいさんと笑顔を交えて雑談していたディオが、後ろからジョナサンに肩を叩かれてやっとシーザーの合図に気付く。肩を触られたことに照れ隠しから顔を顰めていたディオがジョナサンに文句を言う前に、こちらも了承したと手をあげる。 円形の大きなテーブルの一つについていたシーザーが立ち上がろうとしたのを見、「ん…?」と不思議そうに花京院は首をかしげて、どうしたんですか? と大きめの声で訊ねる。 「嗚呼、花京院はレディーの退場理由を聞くような子なのか?」 「あっ……そういうことですね。すみません」 「ありがとう。行ってくるよ」 知人がいなくなるということで不安そうに見上げてきていた花京院にたいし、シーザーはその赤髪をひと掬いしてキスを落としてやり、にっこりと笑って安心を与えてやる。 ―――レディーの退場理由か、どんな理由だろうな? とシーザーは自身、苦笑気味にそう思っていたが、誤魔化すための言葉は花京院にはトイレだと伝わったことだろう。 まさかその中身が、ネタバレ寸前のテレビ中継だとも知らずに。 時刻は昼の14時半過ぎだ。 たしかドッキリ番組の収録が15時前までだから、時間はあまり残されていない。 人を縫うようにしてシーザーがホールの扉に向かっていると、いろんなエキストラの俳優から「お互い頑張ろう、ラストだ!」「花京院って子を泣かせるのが目的だろ?」「さいっこうに良いドッキリにしようぜ」と肩を叩いて励まされる。どこか女優の仲間入りをした気分になり、シーザーはむず痒くなる。それでも成功させたいのは自分も同じ…いや、ディオの方がさせたいに決まっているだろう。ならば自分はそれをサポートするのに専念するだけさ。 いまから花京院の泣きっ面が想像できて、シーザーはふと口元を緩ませて廊下に出る。 大理石の埋め込まれたそこにはもうカメラがスタンバイしており、近づいてきた女性スタッフがシーザーの服についていたピンマイクをいったん外してから手持ちマイクを渡す。台本を書いた画用紙を掲げるスタッフに場所を指定されながら、シーザーはスタッフの顔を見渡す。 ―――みんないい顔してるな。 焦りや疲労が見えるのにも関わらずそう思うのは不謹慎なのだろう。それでも、シーザーはそう思わずにはいられなかった。なぜって理由は簡単だ。画面の向こうでドキドキしながら待っているだろう視聴者がアッ!と驚くものに、あわよくば感動的なものに、誰もがしたいと一致団結しているからだ。 熱気が廊下に満ち溢れ、胸をなでおろすシーザーの手が不意に震えていることに苦笑いしていると声をかけられる。 「本番です、3、2、1……」 努めて冷静にそれでいて興奮気味に。シーザーは中継で繋がる司会者から訊ねられることに、嬉々として受け答えをした。どうしてもこのカメラに映らないスタッフたちの熱気も伝えたかった。 途中に司会者からのお世辞なのかわからないが、 『淡い青のドレスが似合ってますね~そのスタイルの良さも、くっきりと表れてますよ!』 とのコメントに素直に喜べないシーザーは、自分の胸のなさや筋肉のつきすぎを自負していたのだ。それでもこんな場所でそれをあからさまに出して落ち込むことはできない、そんな私情を挟むようなことは。…どっかのブランドーさんなら、きっと言っただろうが。 シーザーは笑顔を浮かべてイタリア語でありがとう、と伝えてから続けざまにこれからの説明をもう一度軽く入れるようにスタッフから指示される。 「―――そのときにケーキ入刀のために親しかった友人達は前に出るように、と放送されるので…花京院が前に出る。そして、ナイフを入れた瞬間に花京院以外は一歩下がって……ケーキが落ちてきて驚いているうちに“ドッキリ大成功”の札をあげます」 『なるほど! 襲いかかるケーキに驚くと、さらなる驚きがっ! ってことですね!!』 「その通り!」 スタジオの方で拍手が起こったのがイヤフォン越しに伝わる。えらく期待されているようだ。そりゃそうだろうと思う、だってこのドッキリはエンディングを飾るドッキリとして設定されているのだ。 シーザー自身そんな大役を任されていいのだろうか? と新人声優ながらに思うのだが、当のディオがやる気満々なので止める気も止めれる気もしない。 今頃ディオは花京院を驚かすための看板を部屋からケーキの背後に運んでセッティングしてるだろうな、その姿が目に浮かびシーザーは自然と笑みがこぼれる。 よくわからないがドッキリとは、とても心躍るものだ。 泣かせるためという目標は未だに喜ばしくないものだが、こうやって花京院がみんなに愛されるように期待されるのは嬉しい。……どこか子離れされたような気持になって、辛いが。 シーザーはマイクをさっきのスタッフに渡してからピンマイクをつけ直す。そのとき先ほどから着ていた青いドレスになんとなく上着を羽織ったのは、体温が下がったからではないはず。会場は完全に温かいのに―――まさか、ふたりが先に大人になろうとしているから? いやそれは違うはず。なぜなら自分も大人だ、彼女たちもそれは同じで。大人にならないのとは違うはず…そこまで考えて気付く。あっそうか。さっき司会者が自分のスタイルを褒めたことに少なからず嫌悪感を感じていたからだ。女性らしい、という胸を強調した姿を見られるのは気持ち悪い。 気にするな――そう自分に言い聞かせて首を振る。気合を入れなおせばいける…きっと。 「よっし。行きましょう!」 「「「はい!!」」」 声だけは潜めて、それでもみな一様にやる気で目を真剣にさせてドッキリの成功へと向かっていた。 ―――そういや、俺のことを男じゃないのかって言ってくれた奴がいたな…。 容姿から褒められることしかなかったシーザーは、脳裏をよぎったあけすけに思ったことを述べる不躾な男についてちょっとばかし考えていたが、あまり思い出せないので無視することに決めた。別に今はどうでもいいことだ。 歩きにくい細身の膝下まで揃ったスカートを引っ張りながらシーザーはスタッフに先導されて、テーブルへと戻る。 テーブルには不細工に膨れた、不機嫌な彼女がいた。どうやら一人が相当嫌だったらしい。 「遅かったですね、もうお色直しの時間終ったみたいでディオさん帰って来てますよ」 「悪い悪い。道に迷ってな」 「僕も行けばよかったですかね…?」 「ん? いんや、気にするな。それよりもうすぐ花京院の大好きなあまーいケーキがご登場だぞ」 「それ…甘い物好きって、ディオさんじゃないですか。ふふ」 「そうなのか? しかし花京院も好きだろ?」 「好きですよ」 …特にあんな綺麗なケーキは。 そう呟いた花京院の言葉は放送の声に揉み消され、ただのノイズになった。聞き返そうかと「ん?」といったシーザーに、花京院は「前にも行けるらしいですよ、ほら。」と元気のない笑顔を作って話題を強制的に逸らす。なにを告げたのか聞こえなかったシーザーだったが経験上こういうものは本人の触れてほしくない部分なのだろうと分かっていた。だからあえてその話題に乗って、なおかつドッキリに上手くはめようとシーザーは動く。 「親しいご友人様はどうぞ前に~って言ってるしいくか!」 「え…ディオさんのことですから他にも、ご友人はいるんじゃないですか?」 「あの付き合い悪いディオだぞ、俺たち以外にいるかっていうんだ!」 「た、たしかに…!」 きっと本人が聞いたら怒るだろうことをふたりは真剣に話し合い、そのあと顔を突き合わせて「ぷっ」と噴き出す。ひとしきり笑った花京院が照れたように、「にしても友人とか…照れますね。」と幸せそうに笑ったのをみてシーザーは、 ―――おいおいおいお前が結婚しそうな顔してどうする…!? と内心つっこんだ。だが、その顔を見るに本当に花京院はイイ奴だ、と今からのネタばらしに心が痛む。がしかし、それもこれも全てディオの計画のためだ。まあ付き合ってほしい。 尻すぼみ気味な花京院の腕を引っ張って立たせ、率先して前に躍り出る。それを合図に周囲の来賓エキストラも前に出るフリをする。 それを見た花京院が、ほかの人も前に出るなら…とあからさまに胸をなでおろしたのを後ろ手にシーザーは感じ取る。 見ると明らかに不審なディオが何やらせっこせっこらとジョナサンと作業しているのをみつめていると、シーザーに気づいたディオがニヤ~といつもの悪戯っ子の笑みを寄越す。本当に楽しそうでなによりだ。 スタッフに事前に教えてもらっていた床に張られた不自然なテープの上に花京院を誘導する。辺りは人で溢れていて、下を見るタイミングなんてきっとないだろう。 シーザーは花京院を配置につかせてから、背中側に回り肩に手を置く。 「? シーザーさん、なんで後ろに……」 「俺は身長が高いからお前が見えないだろ?」 「なるほど」 納得したようにすぐ頷いてみせる花京院。騙されやすそうな反応にシーザーは姉貴肌をみせて不安になるが、今回その騙しているのはこちらなのでもう気にしないことにした。 頷いた花京院が、目をキラキラさせながら顔を前に向けてケーキの横に立っているお色直しをしたディオをみつめる。 「綺麗だなあ…」 熱に魘されたような呟きに、花京院の興奮がこっちに伝わる。感動しているのだろう。そのディオの美しさとこれからの彼女の幸せを想像して…。 そんな傍らでシーザーは左右を確認する。それをみてカメラは彼女たちにズームをかける。周囲のエキストラは承知したとばかりに咳払いをした。 “それではお待たせいたしました。ケーキ 入刀” アナウンスの女性の声が入り、花京院の目が今度はケーキの方に向いたとき。左右の人がなぜか一歩後退した気がする。 「え、」 瞬間。 どっぱああああああんんッ!!! 破裂音に肩がビクリ。ついで顔面に違和感が。辺りにミルク臭いにおいが立ち込める。 花京院は目をぱちぱちとさせ、身を丸くしたまま、動けない。…え、え……っ、え―――。 小動物が驚かせられたようにキョトンとしていた。 「花京院」 「……ぇ…でぃお、さ……? なに…?」 「ドッキリだ」 「―――え……え?」 「「ドッキリだ。」」 もう一度、今度はディオとシーザーが揃っていうと花京院は目を丸くして顔をあげる。するとそこにはよくテレビとかである、『ドッキリ大成功!』の毒々しい文字が。 「…………。」 「おい、反応しろ花京院」 「怒ってるのか? やっぱりディオ、これは失敗だったんじゃ……」 シーザーがディオに詰め寄り小さい声でぶつぶつと文句の応酬をしていると、ふと花京院が震えはじめた。 「「おっ?」」 泣くのか、泣くのか―――期待しているといったら悪いがそれを待ち望んでいたスタッフ一同はカメラを花京院へと一気にズームし、しーんとしていた。 「……っ、ぁ…」 花京院がなにか言葉を漏らした。そして、 「…ッなんじゃ、こりゃあああああああああああああああ!!!」 「ぶふっ」 思わずといったようにジョセフは食べていたミカンを噴き出した。ついでに涎も飛び散ったが、それを咎める者は誰もいない。右手側に座るジョナサンはテレビにまた釘づけになり表情すらわからない。こういうことに厳しい弟は、というと、 「―――。」 何に滾ったのかはわからないがズームになった花京院氏にこれまた釘付けになって瞳孔を見開く勢いだ。おいおいまさかだが、なんかイケナイ想像とかしてないよな? それにしてはなんか前屈状態になってますけど、どうなさったのかしらン…? という野暮ったいことは聞けないので、ジョセフはテーブルのうえをティッシュで拭きながらテレビに向き直す。 そこでは花京院が顔面を爆発したホイップクリームまみれにし、大泣きしてインタビューに答えている。どうも本当にドッキリだと気付かなかったらしく、心底ディオの結婚を喜んでいたのに…! と役を忘れて司会者に怒っていた。それでも泣いているのでそれほど怖くない。 ―――あ~あ。キャラが崩れてんじゃん あんなに一生懸命にぶりっ子演じてたのに、ここでボロが出るとはなんとも可哀想な…。 世の少数派のぶりっ子好きが悲しむぜ、とジョセフはその一人であるはずの承太郎をみる。 そしてジョセフはすぐに「オーノー」と、絶叫マシンに乗ったあとみたいなリアクションでテレビを向く。 こりゃ本当にそういう意味で、そういう反応しちまってるって解釈で良いってことかよ!? たかがアニメの一キャラクターとして好きだったのだと勘違いしていた。それこそ、声優がキャラ通りの性格じゃあなかったことに怒りを覚えるものだと、信じていた。なのにこの寡黙な弟はその枠を飛躍的に超えて感情を抱いていた。 今までテレビに声優として以外に出たところを見たことがなかったから気づけなかったが、ここまでくれば承太郎の目当てがその花京院本人だということはまるわかりだ。 ―――こりゃ~これから先、クイズ番組に引っ張りだこだろうなぁ…花京院。 別にコネを使うわけでもないのだがスタッフは不思議なことに、このジョースター家という人種に甘いところがある。そしてそのジョースター家に気に入られた者にもその恩恵は降り注がれる。 元からクイズ番組やニュース番組を専門とする承太郎が、その行動を 『花京院という人間が好ましい』 と悟られることがあった場合。スタッフは喜んで花京院のスケジュールに“番組ゲスト”の項目をもうけさせようとするだろう。それは、本人の望んでいるいないに関わらず。 「はああああああああ…。今年も一年、つっかれた~」 来年からはもっと疲れそうだケド…とはいう気になれない。 ふとジョセフが振り子時計に目を向けると、今年も残り2分となっていた。きっとこのまま雑談していたらすぐにその時間は過ぎるだろうし、テレビを見ていても同じことである。別に、前につきあっていた彼女とも気が合わず数週間前に別れたジョセフにしてみれば、今日という特別な日にあう人間といえばこの兄弟たちに他ならないのだからこのままで十分。 ―――来年も兄弟みーんな仲良くね、って言ったら笑われそうだよなあ。 恥かしい言葉を思い浮かべてジョセフは鼻の頭を掻く。 その姿を見る兄弟はいない、ふたりとも終わりかけのドッキリ番組を穏やかに見ている…大人しいだけだろうけど。中身は穏やかかはよくわからない。 さてと。本当に最後だし挨拶するか。 針が一周まわり、長い針がかちんこちん…と11を指す。 ドッキリは24時05分までだし、CМを考えるともう終わるだろ……。 ジョセフは丸めていた身体を起こし、ふたりの興味がテレビからそれることを予想して新年の挨拶を言おうとする。 テレビの中では最後といわんばかりにてんやわんやと花京院が騒いで、それをシーザーが止めていた。すると突然そこにディオがマイクを取り上げて、まえの演壇へと登る。そこへ同じくディオに引っ張られて何故かジョナサンがあがる。 『最後に言っておく、』 かちん。 ちょうど針が真上になった。 『私はこのジョナサン・ジョースターと本日をもって、真剣に交際し始めたことを宣言する。』 『皆さん今年もよろしくお願いしますね。僕と……彼女を』 「「「―――はあ……っ…?」」」 テレビの放送はここで終了された。 おしまい