A CONTE~ストーカー系俳優さまの思惑~ 第4話

うすら笑いを浮かべる店長に「お幸せに」と送り出されて自動ドアを通りすぎると、赤色の外車が短くクラクションを鳴らした。いや流石に分かるわ、天井無いから顔丸見えなんだし。 せめてもの抵抗で後部座席に座ろうとしたが、勝手に助手席のドアが開いた。タクシーかよ。 高級車はスムーズに発進し、ウィンカーを出したことすら分からないほど静かに左折した。身体を包み込むシートの感触が心地良い。これが高級車というものか。 マンションが立ち並ぶ新興住宅街を駆け抜けていく。若い家族たちの愛の巣は照明を落とし、ローゼの街に静かな夜が広がった。 ぽつりぽつり灯るのは、街灯の明かりだけ。月も星もすべて雲に覆い隠されていた。 「曇ってて何も見えねえ」 「そりゃ夜中だからな」 「お前なんでオープンカーにしたんだ、ろくに灯りも点けられねぇだろ」 「フロックだ、お前じゃない」 言葉を遮られる。そこまでして名前を呼ばせたいのか。しつこい奴め。 「はいはいフロック。オレは普通の車に乗りたかったぜ」 「じゃあ買いかえる」 「本気にすんな、冗談だ」 アクセルを踏み込むフォルスターの口ぶりが本気だったので、あわてて言葉を遮った。これで本当に普通車に乗りかえてみろ。またどこかの番組で「ジャンに選んでもらった車なんです」とか言いそうだ。いや、絶対に言うだろ。 暇つぶしのためにスマホを取り出すとマネージャーから連絡が入っていたことに気づく。フォルスターに電話内容を聞かれたくなかったが、家につくまであと十五分はかかる。癪だが仕方ないか。 「今から電話するから黙ってろよ」 「俺が静かに待てたら、ご褒美をくれるか?」 「は?」 一言うなずくだけで済む話なのに、どうしてこの男は捻くれたことを言うんだ。 「なんでご褒美が必要なんだよ」 「そう怒るな、冗談だ。仕事の電話なんだろ。掛けていいぞ」 「最初からそう言え」 シートベルトを着用していなければ、闇にまぎれて一発お見舞いしたところだ。相変わらず人の神経を逆なでる才能がおありのことで。 不在着信の一番上の名前をタップし、スマホに耳をつけると、ワンコール後にマネージャーの声が響いた。車が切裂く風にも負けない、快活な声だ。 『掛け返してくれるのを待っていたの! あのね、驚かないでほしいのだけど、貴方に新しいドラマの仕事が入ったわよ!』 「ドラマ?」 『そう、ドラマ!』 グッドニュースでしょ、と弾む声色。それに反して、ジャンの声は沈んでいった。 だって今の状況を考えてみろ。各方面で注目されている売り出し中の人気芸人ならいざ知らず、中途半端にくすぶっているガヤ芸人のジャンにドラマのオファーが来るなんて、にわかに信じがたい。 赤信号だ。身体にかかる緩やかな重力がふいに運転手の存在を思い出させた。この男ならありえる話だ。ジャンが出演するならドラマの主演を務めても良いですよとか、平気で言い出しそうなんだよ。なんせドッキリ企画の前科がある。 「マネージャー」 『なあに、ジャン。浮かないような声を出したりして。バイトの日程と被るかもしれないって不安なの?』 「いや、そうじゃない」 『安心して! 一話だけのゲスト出演だから、そんなに時間をとらないわ』 ジャンの中で疑惑が確信に変わった瞬間だった。 自分で言うのもなんだが、売れない芸人がゲスト出演するなんておかしな話だと思ったんだ。 ジャンの中で渦巻く様々な感情に、さてどうしたものかと悩む。 彼女はジャンのことを考えて、日々走りまわって仕事を取ってきてくれる、良いマネージャーだ。このドラマ出演を蹴ってしまえば、今後その監督からは呼ばれなくなるかもしれない。そうなればマネージャーはがっかりするだろう。 簡単に答えは出せなかった。 「一体誰が出るんですか?」 『ミカサ・アッカーマンとリヴァイ・アッカーマンのW主演よ。たしか、ジャンの憧れの人よね?』 「え?」 聞き慣れた名前が、耳に飛び込んできた。 芸能界に入ろうと思うきっかけとなった人物が主演だと知り、気分が高揚する一方で、そこにフォルスターの名前がなかったことに違和感を覚えた。W主演がアッカーマンだったとして、フォルスターは一体どの立ち位置にいるんだろう。まさかあいつがいないなんてこと、ありえるのか。 『先日のテレビを見て、ドラマ作家がジャンを指名してきたらしいの。ついに時代が貴方にスポットライトを当てたの!』 「ドラマ作家が……まさかそんな…」 『そんなことない、これは貴方の力なの』 「っ」 喉をせり上がってくる感情に思わず奥歯を噛みしめた。目頭が熱くなり、視界がかすむ。青色に変わった信号機すらまともに見ることができなかった。 前にドラマ出演したのはいつだろう。たしかまだエレンと組んでいた頃のはずだ。あのドラマで、エレンは人生再出発の切符を手に入れた。ジャンのことを置きざりにして。 今度はジャンの番だ。今度はジャンが視聴者の心をわしづかみにして、再ブレイクを果たすときなんだ。 鼻頭を啜りながらジャンは夜空を仰ぎ見た。 満天の星空は残念ながら見えなかったが、果てしなく広がる夜空すべてがジャンのことを祝福してくれているような気がした。こんなときばかりは、車内が真っ暗だったことに感謝する。 「……ありがとうございます。あの、オレ、がんばってきますから」 『私もしっかり支えていくからね。大丈夫、きっと上手くいくわよ』 「ありがとうございます、本当に」 何度もお礼を言っているうちにどんどん涙声になってしまう。畜生、情けない。オファーひとつでこんなに喜んでいるなんて。本当はテレビ放送が成功して、SNSで称賛の声をもらったときにするべき反応だろうに。 そうだ、まだ何も始まっていない。こんなことで喜んでいるだなんて、隣の人気俳優が知ったら笑うだろう。ドラマの一つや二つ俺が監督に相談してきてやるとか、サラッと言いそうだ。 なんかこう、欲しいのはそういうのじゃない。 『じゃあとりあえず、オファーは引き受けるって話でいいのね?』 「そりゃもちろん!」 『ひさしぶりね、ジャンの嬉しそうな声。さっきまでの貴方、浮かない声だったんだから。じゃあ、また連絡するね』 「わかりました。こんな夜中にかけ直してすみませんでした、じゃあ。おやすみなさい」 『おやすみなさい!』 マネージャーの鈴のような声がくすくすと笑っていた。そんなにあからさまな態度だっただろうか、ちょっと恥ずかしい。 通話終了になったスマホ画面を見る。そういえばドラマの内容を聞きそびれてしまった。就寝前にイメトレしようと思っていたのに、しくじったな。 さすがにもう一度かけるのは野暮だろうとスマホをポケットにしまうとジャンの家が見えてきた。どんぴしゃなタイミングだ。 「ここだ、フロック」 「――良いことがあったのか」 「はあ?」 「今フロックって……なんでもない」 何か言いかけてやめてしまったフロックは、緩やかに減速をして左指示器を出した。日頃の破天荒な振る舞いとは正反対に丁寧な運転をする。 部屋の番号が書かれた駐車スペースから『六〇六』を指定すると、車はバックで入っていった。 「ありがとな」 お礼を言ってシートベルトを外そうとすると、フロックが手を重ねてきた。しっとりと汗ばんだ手の平がジャンの手を包み込んでくる。涼しげな顔をしていても、こいつも人間なんだ。 唇の開閉を繰り返していたフロックだったが、何かを決心したように「なあ」と口を開いた。 「本当に、家に入っていいんだな?」 「何をいまさら。お前が勝手に計画したんだろうが。それに前にも来たことがあるだろう」 「そうじゃない」  言葉を区切ったフロックはやはり何か考え込んでいたが、次に口を開いた時にはもう考えが固まっているようだった。 「今日は帰る」 「は?」  バイト先にまで迎えに来ておきながら、駐車場についてすぐに帰るとはどういう心がわりなのか。まさか相手の負担を考えられるようになったのかと期待してみたが、ジャンは首を振った。そんなわけがないな。こっちの気を引くための罠だと考えた方がしっくりくる。  しかしフロックは、こちらの気を引く素振りもないまま、ジャンの鞄を差し出してきた。 「じゃあな、ジャン」 「お、おう」 「実は当分の間、お前に連絡できそうにないんだ。長い撮影がある。寂しいかもしれないが、どうか我慢してほしい」 「それはどうでもいいが、本当に帰るんだな」 「ああ、残念かもしれないが今日は帰るよ。俺にもいろいろ事情があるんだ。準備ってもんがある」 「なんだそりゃ」  自動で開くドアからおりると、フロックはシフトレバーを切り替えた。本当に帰るらしい。 「そうだ、たしかこういうときはクラクションを四回鳴らすんだよな、ジャン」 「たぶんブレーキランプだし、クラクションそんなに鳴らしたらマジで許さねえからな」 「冗談だ」  そう言いながらクラクションから手を放すフロックを、ジャンは見逃さなかった。こいつ、本気でやろうとしていたな。 夜中の住宅街でクラクションを鳴らされなくて本当に良かった。  

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