A CONTE~ストーカー系俳優さまの思惑~ 第8話
フロックの次は、ケニー・アッカーマンに目をつけたのか。 そんな噂が流れそうな台本だな、というのがジャンの第一印象だった。さらにいえば、そこに元相方の名前も入りそうだ、と思ってしまった自分がいるのも嫌だった。 二つしか無かったはずの台詞は、その倍の数になっていた。しかも、三週後の台本に自分の名前があった。印刷ミスかと思い内容を確認したが、間違いなく『ザック(ジャン・キルシュタイン)』と書いてあった。 喜びより困惑が大きくて、コニーたちにも、マルロにも、自慢できなかった。あの人、一体どういうつもりなんだ。 ピロン! SNSが反応した。名前が引用された時の通知だ。 驚いて、ジャンはスマホを確認した。 『観に行けばよかった』 その一言だけ。しかしあの人だ、名前を見ずとも分かった。 元記事をたどるとジャンはさらに驚いた。 インフルエンサーとして名高いケニー・アッカーマンが、先日の舞台の写真を載せていたのだ。紙で顔を覆っているこのシーンは、まぎれもなくラストのそれだ。 『この俺様にアドリブをぶち込むなんてよくやるぜ』 監督には、ジャンの最後の台詞が聞こえていたのだ。 誰にも聞こえていないと安心していたジャンは、今までとまったく違う意味で冷や汗をかいた。 「なあ、舞台に興味があるのか?」 撮影合間にかけられた言葉は好意的なものが多かった。これも監督の投稿の効果だろうか、さっきからひっきりなしに若手俳優が声を掛けにきていた。ジャン自身、歳は二十代後半だが、今回の撮影は子役時代から活躍している人が多く、実質ジャンが一番新人だった。 台本から顔を上げると、素朴な出立ちの青年と目が合う。朝はきっと牛乳とか飲んでるタイプだな、とジャンは思いながら立ち上がった。 「舞台はあの一度だけです」 「お前、テレビで見るよりかなり背が高いな」 「そっちこそ、テレビで見るよりガタイがいいっすね」 青年が微笑む。 テンポよく返ってきた言葉に、ジャンは気分が良くなり手を差し出した。 「ジャン・キルシュタインです」 「知ってるさ、あのハンジさんの番組に出ている芸人だろ。いつも罰ゲームを受けてるイメージがある。僕はマルコ、俳優をしている者だ」 「それこそよく知ってます。ヒロインに助言をしすぎて良い人どまりになって振られる人、だろ」 マルコはくすくすと笑った。 「お前は意地悪だな、面白いよ」 手を握り返された。立場でいえば相手の方が随分と格上であるはずなのに、それを感じさせない素直な言動が、爽やかでとても良かった。 きっとこの人とは付き合いが長くなるだろう。ジャンは直感的に分かった。 マルコと話していると、ケニーに呼ばれた。今回彼は監督ではなくドラマ作家として参加していたが、その影響力はすさまじい。極端にいえば、監督より発言力があった。 呼び出しは撮影とは無関係のタイミングだったために、現場はピリついた。気分屋のケニーのことだ、なにか無茶振りを言うのかもしれない。また台本が変わるとか、あり得る話だ。 ケニーは監督以上に良い席に座りながら言った。 「よお、小僧。よくも俺様の舞台を変えてくれたな。しかも勝手に先に帰りやがった。文句を言う暇すらなかったじゃねえか」 「あれ、オレの演技を認めてくれたんじゃないんですか?」 「馬鹿言え、あんなのは演技って言わねえよ。で、あのあと壁はどうなった?」 ケニーとやっと視線がかち合った。 目の奥が笑っていない。そこにいたのは好奇心の鬼だった。 あの日、壁の中には巨人がいた。そう呟いたのはジャンだ。咄嗟の思いつきだった。パラディ島にいる子供なら誰しも、壁の正体を知りたいと思ったことがあるだろう。もしかすると中に何かが詰まっているかも、と。ジャンもそんな子供だった。 あの舞台では壁が破壊されていたし、あながち壁の中に黒幕がいてもおかしくないとジャンは思ったのだ。 実際に、その後の展開では巨人が出てきていたし、人と巨人の話から民族間の話につながっており、現実味のある非常に面白い作品になっていた。聞こえる聞こえないにしろ、ジャンの発想は間違っていなかったというわけだ。 「ひひ」 ケニーは顎を上げて笑った。 「俺の頭ん中と同じこと考えんじゃねえよ、気色悪い」 「ケニーさんとですか?」 「まあ俺なら、レシートにキスなんかしねえがな」 「!」 かあっと頬が真っ赤になる。ジャンは自分の演技を恥じた。 まさかそこまで見ていたのか、この人! あのとき、紙を探すためにポケットに手を突っ込んだジャンは、奇跡的に入っていた書き損じのレシートを使って舞台に立った。横幅があるタイプのレシートだし、形としては写真らしく見えたはずだ。それに袖に帰ってすぐにゴミ箱に捨てた。その姿を見た者は誰もいないはずなのに。 やはりケニーは曲者だ。まるで神の視点をもっているかのごとく、板の上を把握し尽くしているのだから。 熱りの冷めない面を下げて、ジャンは俳優たちの集団に戻った。 「あら?」 母親役のカルラが声を上げた。 「どうかしたのか」 叔父役のリヴァイが台詞をとめてたずねた。 「私の勘違いかもしれないから、言いにくいことなんだけどいいかしら」 「そう言って止めた試しがないだろ」 「あら、叔父さん怖いわ」 「早く言え」 夫婦役で出演することの多いベテラン二人のやりとりに、殺伐とした現場は若干和んだ。 「今の台詞、ザックの台詞じゃなかったから撮り直してほしいの。いいかしら、監督?」 戸惑ったのはジャンだ。ザックの台詞が間違っていたと言われても、そんなはずはない。一言一句、ジャンはちゃんと芝居した。 そのうえカルラが嫌がらせでリテイクを求めるとも思えないので、さらに困惑した。 監督が隣の作家に許可を求めると、リテイクが正式に決まった。 「カルラさん。オレ、ちゃんと芝居できていませんでしたか?」 ジャンは不安になってカルラにたずねた。 「していたわ、ちゃんと」 「じゃあなんで?」 「だってそれ、貴方のご友人の芝居でしょ」 あっさりと答えた彼女にたいして、ジャンは押し黙った。 どういう意図なのか、分からなかった。 ご友人といってもジャンはもともと友人が多い方ではないし、俳優に友人はいなかった。そもそも、カルラがジャンの交友関係を把握しているとも思えなかった。 それから何テイクも撮り直したが、結局監督が納得するような場面は撮れなかった。かろうじてOKがもらえて、流れ解散になろうかという時間になると、他の誰でもないケニーが自席を蹴り飛ばし、無言のまま帰ってしまった。 「う〜わ、こわ」 比較的若い俳優がケニーの去った方を見て、顔を引き攣らせた。するとそれを皮切りに、俳優たちが話し始めた。 「なんでリテイクしたわけ?」 「さあ、別にキルシュタインさんの演技もいい感じなのにな」 「だってほら。カルラさんって、ちょっと天然入ってるから」 ジャンは自分の悪口より先に擁護するような言葉が多いことにホッとした。その一方で、マルコが今しがた言ったことが引っ掛かっていた。 「ジャンはザックを演じているの、それとも友人を演じているの?」 ジャンは何も答えられなかった。 ただその頭には、スクリーンの中央に映るフロックではなく、映画の枠端で見切れたエレンの姿が浮かんでいた。 ここでおしまいです。 続きがどうしても考えられなくてリタイアしてしまいました。すみません