自動販売機 第8話

11月12日―――日曜日。 今朝の電車は絶好調で、珍しく一度も止まらなかった。 鹿の衝突どころか、橋の下のちょっとした増水ですら徐行運行になる大川電車は、都会から来た人に「二度と乗るか!」と怒鳴られることが日常茶飯事なため、今日の天候はすこぶる快晴と言わざるを得ないほど、素晴らしい秋晴れだ。 竹谷は空いている電車の先頭に座り、稲穂と川しかない景色を目で追っている。 別に遅れてほしいわけではないが、こうも簡単に電車が走ってしまえば、なぜか不安に駆られる。まるですべてが自分を都会に運ぼうとしているようだ。 包帯の分だけ太くなっている左腕を窓辺に置けないことにストレスを感じながら、それを庇うようにして竹谷は座っていた。 「八左ヱ門はおにぎりいる?」 「あー……うん、大丈夫だ。一個あるから」 「足りるの?」  隣に座っていた雷蔵が首を傾げてたずねる。たしかに運動部の中でも体を動かすことが多い竹谷が、おにぎりひとつで事足りるわけがない。しかしながら今の彼は気分の悪さが勝ってしまい、何かが喉を通るのさえやっとのことだった。 そのため、 「大丈夫、ありがとう」 の一言しか返すことができなかった。 「ハチさあ……そんなに嫌なら、行かなかったらよかったんじゃないかい」 雷蔵が中学の時の呼び名で竹谷を呼ぶとき、心配を大きくしている時だ。 それでも決意を変えるわけにはいかず、竹谷は自分に言い聞かせるように力強く言った。 「大丈夫だから」 今のところ包帯をしている体も、不安に溺れそうな心も、なにも丈夫なところはなかったのだが。そう思っていなければ、この電車に乗っていられなかった。 二人の地元から会場のある都市までは、電車で2時間ほどかかる。 地元で何か買おうにも、服はスーパー内で売られているようなものばかりで、オシャレなものは何もない。小学生まではそれでよかったが、中学生になった竹谷は周囲よりもがたいがしっかりとし、田舎にあるようなものではサイズが合わなくなった。同じく隣の小学校に通っていた雷蔵も、中学生になれば急激に顔が大人びてきたため服が不釣り合いになってきたと親が気にした。そのため都市に服を買いに行かざるを得なくなったのは中学生も早いうちだった。 こんな重要な用事があって都市に向かうことなんてことは、雷蔵はもちろん、竹谷も初めてだった。 「はあ……」 いつも都市に行くときは楽しみでしょうがなかった。少しの緊張はあるものの、高校2年生にもなれば大人の一歩手前と胸を張っていた。 なのに今日はため息ばかりをついている。 しっかりしろ、と自分を叱咤しながら竹谷は、また二酸化炭素を排出した。 「次、降りるよ」 「……ああ。もう大曲駅」 「顔色悪いよ? 水でも買おう、駅の中にあるだろうし」 「―――自動販売機か」 終点である大曲駅につけば、いつの間にか多くの乗客が電車にいたことに気付く。 反応が遅れた竹谷たちはゆっくりと降りることにし、結局最後尾についていた。ガランとなった電車から降り、進行方向に向かって人の流れにのる。 改札口に向かう階段にたどり着いて、その列から離れた。自動販売機は階段の入り口の裏手に設置されている。 「水でいい?」 「うん」 返事をしながら、竹谷は少し気分がよくなった気がする。まだ水分補給もしていないのに変な話だ。この場所に立ち止ってから異様に、すっきりしているのだ。 (マイナスイオンってやつか?) そんなふざけたことを考えながら待っていれば、雷蔵が透明なペットボトルを差し出してくる。「サンキュー」と言いながら右手で受け取るうちに、竹谷はふと、 「……これなんだよな、普通は」 と無意識に呟いていた。 気づかないうちに動いていた口を不思議に思ったのは、雷蔵だ。 「何が普通なの?」 「え?」 「いま八左ヱ門が自分で言ったことだよ」 「おれ、何か言ったか?」 「……僕の聞き間違えだったかも、ごめん」 すんなりと雷蔵が謝れば、もう竹谷は気にしていなかった。 ペットボトルの蓋を見てから片手が使えないことに気づいた竹谷は、その蓋を雷蔵に開けてもらい、やっとありつけたというように美味しそうに水を含む。その姿を見ていた雷蔵はやはり怪しいとおもい、 (何かあったのでは?) と心配していたのだが、それは竹谷のあずかり知らぬところである。 腹の奥底に届く冷たい感覚にスッキリとした竹谷は、いつもの元気な声で雷蔵を呼び、会場へ行こうと口にする。 「とりあえず中央口へ行けばいいんだよな」 「うん。そこが一番近いって……でも北口のほうが道は簡単だって書いてあったけど……うーん、どっちがいいんだろう……?」 「よっし、じゃあとりあえず中央口行こうぜ!」 「え、あっ……うん」 竹谷が大きな声で宣言すれば、思案を過ごそうとしていた雷蔵はすぐに顔をあげ、自らの迷い癖に困った顔をしてうなずいた。 中央口は賑わっており、そこらじゅうに信号機が立っている。その本数の多さといえば竹谷の地元のそれよりも遥かに多そうだ。 一つ一つ待っていたら、赤でも渡る人が多くてびっくりする。 都市に来るたびに竹谷は驚いているが、都会の人は信号の色にルーズなようだ。田舎にある信号なんて平気で2分以上は待たされるが、それでも待っている竹谷たちを嘲笑っているように。 「あれかな、ほら。あそこの信号の後ろにある、シノビホールみたいな大きい建物」 「他に無いしそうかもな。……てか、シノビホールって地元ネタだから、おれたち以外伝わらねえって」 「八左ヱ門しかいないし大丈夫だよ」 「まあそうだ」 懐かしい。最近行ってないな、中学の球技大会以来か? そんな雑談をしながら信号を渡り、巨大な四角い建物を目の当たりにする。遠目から見るよりもはるかに大きな建築物に唖然となる。 「……でけぇ」 シノビホールと似ていると言っていた竹谷だったが、田舎のそれと比べ物にならないサイズだったため感嘆を漏らす。隣に立っている雷蔵も同様に、「すごいね……」とそれ以上言葉を口にできていなかった。 こんな巨大―――しかも外観がピカピカに磨かれて、何かの賞をとってそうな彫刻すらされている。確実にこれとってるだろう。 「……場違いだね、僕ら」 「それおれも思ってた」 もはや帰ろうかな? とすら思っていた二人の隣を、だああっと誰かが走っていく。よく見れば小学生ぐらいの男の子だった。 あんな少年もいるのかと見ていれば、そのまま男の子は建物の中に入っていった。 「見て、結構たくさん小学生いるよ」 「ああそっか、これゲームの祭典だもんな」 思い出してみればこれはゲーム関連のイベントだ。しかも色んな年齢層にアピールしたいという狙いがあるのであれば、そりゃ小学生が居てもおかしくないだろう。 胸を撫で下ろしながら二人はドアの前に立ち、開いたそこからエントランスに入っていった。 中も中で想像以上の広さだ。もはや田舎と何もかもが規模違い。驚くのもしんどくなってきた。 竹谷が「お医者さんってやっぱり、金持ちと知り合いなんだな……」と変なコメントをしていれば、雷蔵も同じように、「そうだね。ゲーム会社の友人っていうのも、スゴイ人っぽいよね」とフワフワした声を出す。 すると突然、「お前たち医者なの?」と背中から話しかけられる。 耳の後ろから聞こえた低めの声に、二人がギクリと跳ね上がった。 ふり返れば見知らぬサングラスの男性が立っているではないか。しかもドレッドヘアーを高い位置で括っている。男は『どこの民族?』みたいな恰好をしており、なんかいかついように感じる。 田舎にそんなハイカラな人は存在しないため、竹谷も雷蔵もビビってしまい、二人でびくびくしていた。 「そんなに怖がるなよ~」 男は口を大きく開けて快闊に笑い、かけていたサングラスをずらした。そのずらす指にもごつめの指輪が付いており、これまた二人の恐怖心を育てていたのだが。 大きな黒い眼が特徴的な、意外にも幼い顔立ちの人だ。愛嬌のある顔に少し安心する。 しかしながらそれでも竹谷は、男の髪の生え際から編み込まれているのをもう一度見て、 (不良だ……!) と怯えていたのだが。 「―――ん? ん~ンン?」 「……な、なんですか」 「いやあ~医者には見えないなって」 「そりゃあ……こんな子供が医者なわけ、ないと思います」 「なんだお前たち、学生なわけ?」 雷蔵の台詞に対して、男は丸い目をさらに丸くして、素っ頓狂な声を上げる。 それから男は、品定めをするような視線でじろじろと二人を見た。 「……あの、」 居心地が悪くて、竹谷は思わず声を上げる。 「うん。餓鬼だな」 「へ?」 「だから乳臭い餓鬼だ、って言ったの」 男が顔を遠ざけながら、固まる二人にニカッと笑いかけて告げた。 「危機感も持てないような餓鬼は、家で母ちゃんと一緒に居ろってコト」 そう言いながらドレッドヘアーの男は、胸元の名前入れをはためかせて踵を返す。 ちらりと見えた名札には『尾浜』と達筆で書かれてあった。 手をひらひらさせながら人混みにまぎれていく後ろ姿を数秒ほど見届けて、竹谷は雷蔵に小さな声でたずねた。 「おれって……危機感ないのか?」 そう訊いた後で、 (雷蔵にたずねたら困惑させてしまうか) と反省した。 しかしながら雷蔵は前を向いたまま、はっきりとした声でいう。 「無いのは、僕の方なんだと思う」 え……? 聞き返そうと雷蔵の方を向いた竹谷だったが、そのとき館内に大音量のアナウンスが流れた。 『―――本日は大曲憩いの場ホールにお越しいただき、誠にありがとうございます。まもなく二階の大会場にて新作ゲームの体験版が発表となります。皆様よろしければお集まりくださいませ』 「あ……えっと」 「行こうか、八左ヱ門」 「うん?」 さっきとはうって変わって優しい声色になった雷蔵に違和感を感じながら、竹谷は促されるまま階段へと進んだ。 誰もが同じものを目当てとしていたのか、相当な混みようである。 そんななかでもやはり雷蔵のことが気になって、チラッと横目で隣を見る。真剣な表情であること以外は、特に変わったところのない友人だった。 竹谷は違和感を抱えたまま階段を上りきり、そして重厚な扉の開かれたとても広い部屋へと入った。 テレビの撮影でしか見たことの無いような高い天井。 どこに電球があるのかわからない、キラキラ光るシャンデリア。壁にかけられた絵画は本物だろうか? 教科書で見たことのあるような絵がたくさんあった。 もはや都会の恐ろしさに床すら踏む気になれず、田舎者な竹谷は部屋の左端をちょぼちょぼ歩くだけになる。 驚きすぎて「うわぁ……」しか言えない竹谷が、すごいなと雷蔵に伝えようとして、隣の友人が顔を難しくしたままであることに気づいた。 どうしてそんなに苦しそうなんだ? なにか嫌な思いでもさせられたのか? 「らいぞ、」 そう訊ねようとしたときだ。 雷蔵が突然視界から消えた。 「は?」 驚いて固まっていれば、前方の左側カーテンから何かが覘く。 なんだあれ……手? まさか何か機具が置いてあるのだろうと考えていれば、それが急に長くなり、前後に揺れて手招きをしはじめた。まるで誘っているような動きに訝しがっていた竹谷だったが、雷蔵の行方を知っているのはあの手しかないということが直感的に分かっていた。 ―――イチかバチかだと思った。 『危機感がない』と言われたばかりでは、胸が張り裂けそうなほど恐怖が強く、膝が震えていたが、それでも友人を見捨てられるほど竹谷は大人には、なれなかった。 それを壇上から見ていた男は目を細めて、 「だーから言っただろ。餓鬼だって」 と呟いたが、雑踏の中にそれはまぎれていった。  

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