自動販売機 第11話
「さようなら」 倒れ込んだ高校生にむかって、そう呟いた。 尾浜は、布の擦れるような物音で、誰かが部屋に入って来ることに気づく。 いつの間にか、ソファーに横たわっている高校生に見惚れてしまっていたようだ。 「往ったのか」 「約束通り」 高校生の顔を覗き込もうと青年がやってくる。それからやっと、というように安堵のため息を吐いている。 「もうこんな役はごめんだ」 立花は珍しく弱音を吐いたかと思うと首を回しはじめる。ゆっくりとした動作は今まで起きたことへ思いを巡らせているのだろうか。 真似をして尾浜も指の関節をポキッと鳴らしてみる。たしかに達成感のある、良い音だ。 「作法委員会も大変ですね」 「……なにを今さらなことを。私たちは存在しているそのすべてが、その人間を作っていると考えているだけだ。人は生まれながらにして完成品だからな」 立花は横髪を耳にかけながら立ち上がる。 「だからこそ久々知や鉢屋の計画が意に沿わなかっただけのこと」 「なるほど」 尾浜は納得いった。どうして久々知の言動一つ一つに立花が目くじらを立てていたのか。件の最中は今より気が立っているように喧々していた立花は、彼の中にしっかり作法への美学があったのだ。 てっきり高校生という身であったために未熟になっていると思い込んでいた尾浜は、姿かたちは変わっても立花“先輩”であったことに感心する。 「単なる繰り返しの中に作法はない。後ろしか見ない奴が進歩することはない」 なぜなら今がその人間にとっていつも完成品だから―――尾浜はそう付け足す。 立花はその心の声が聞こえていたかのように満足そうに笑う。フッと目を細める姿は、中身を知っている尾浜でさえ美しいと見惚れてしまうほどだ。 悔しい、とモヤモヤする。 ふと尾浜は仕返しをしてやろうと企む。「そういえば」 「なんだ」 「綾部が文句を言っていましたよ。立花先輩がはじめからやる気を出してくれてれば、僕もこんなに動かずにすんだのにって」 「私も気が進まなかったからな」 「聞きましたよ? なんでも……はじめの注射で向こうに往ったとき、自室に入り浸っていたとか?」 「まあな」 「……それって、同室で過ごした生活を思い出して悲観していたんですか?」 「まさか」 確信をもってたずねた尾浜が肩透かしを食らう。立花はあの頃を思いだして動けずにいたのだ、と思っていたのに、本人はそれを違うと言う。 「私は衝立の位置が気に入らなかっただけだ」 「はあ」 「なぜ私が文次郎のためにと想いを馳せなければならない。まずその前提がおかしい。文次郎なんかどうだっていいじゃないか」 「……へー」 口早に話す立花がローテーブルの周りをいったり来たりする。忙しない姿は、尾浜の台詞に対して言外に『正解だ』といっているようだ。 素直じゃないんだからと尾浜は遠い目をする。ツンデレは三郎(対雷蔵以外の級友用)だけで十分である。これ以上解釈のややこしい人間を増やすものか、と尾浜は反応しないようにする。 すると立花は歩くのを止めてから一度咳払いをする。そうかと思えばソファーに背を向けて、竹谷の寝ている隣に腰を掛けた。 自分が今しがた言った台詞を反芻して、思い直しているようだ。相変わらず冷静な人である。 「それにしても尾浜、お前は怒車の術が上手いようだな。想像以上だった」 「本当ですか~? それは嬉しいですね」 「隣の部屋にいた藤内がハラハラして死にそうだったぞ」 「過激だったかなぁ。まだあの子、記憶ないままですよね? やだな~また怖がられる」 「―――お前はウチの兵太夫に似ているわりに、興味がなさそうに笑うな」 「え? そうですか」 それはすみません。でも誰かに似てるって言われるの、好きじゃないんで良かった~。 立花から非難の視線を受けていることを承知で、ヘラヘラと笑う。 尾浜自身も自覚があることだった。 室町では学年が離れており委員会も違っていたために話したことがなかった後輩であるが、このたびカラクリ好きだという笹山がゲーム制作に携わる尾浜に興味を持ったのは、ひとえにゲームがしたかっただけだろう。久々知の計画とは別のところでの交流から始まった。 飄々とした振る舞いにどっちつかずの態度。 手のうちは明かさないくせに、相手の苛立ちを誘うような話し方。 相手の感情が高まることで失敗を誘い、任務を遂行する。 綾部の自由奔放とはまた異なったタイプの二人。 しかし笹山と決定的に違うところがあると尾浜は感じていた。 それは装っているかどうか―――尾浜は否だった。 尾浜の人生において重要な人物といえば自分以外の何者でもない。どれほど親しい友人ができてもそれはその場限りの関係で、仮に事件に巻き込まれたとしても、命をかけてその友人を助けにいくかと問われれば絶対にNOだ。鼻っから助ける気なんてさらさらない。それを知っているからこそ、久々知も三郎も今回の計画を自分に押しつけてこなかった。 『今が完成品であることが美学だ』と口にする立花のように、尾浜のそれも、『今が楽しければよい』と思っている。 だが笹山の美学は違う。格闘ゲームの試しをさせたときのことだ。 ちなみにそのゲームというのも竹谷と雷蔵をおびき寄せるために頼まれて作り始めたものだ。記憶にある隠し武器を出し切るのにどれほど時間がかかったことか。しかしながらそのおかげで珍しい隠し武器を選ぶユーザーから個人情報を抜き取り、身辺状況から本人を割り出せていけたのだが。ちなみに犯罪である。 医者になって顔が広くなってきていたにもかかわらず竹谷が見つからないと焦った久々知が耐えきれず、暴走し始めていたその当時。雷蔵はゲームなんかしそうにない……と項垂れていた三郎を尻目に、薬の調合をし続けていた笹山に聞いたことがある。 いま思えばあのときにはもうすでに薬の成分の一部を改造していたのだろう。久々知が調合する前の成分をいじることで、どんな配分にしても自動販売機が現われるように。 「笹山は兵助と三郎に賛成派? てかだれ捜してんの?」 「ぼくは庄左ヱ門が手伝って欲しいって言うからしてるだけですよ。別に捜してるとかじゃないですし」 「へえ……うっそだ」 「はい?」 「だってお前複雑そうだもん。手伝いたいけど手伝いたくない、見つけたいけどこの方法じゃだめだ―――誰かいるだろ」 「……尾浜先輩ってどっちの味方なんですか」 ひそひそ話をするように声をすぼめてくる笹山。やはり彼は何かまだ迷っている。 「オレは正義の味方!」 「はあ~」 「うわ大きなため息。傷付くわ」 尾浜がけらけらと笑う。部屋の真反対の方で作業を続けていた三郎に「うるさい!」と叱られた。いくら広い部屋とはいえ大声を出したら聞こえるか。尾浜は距離を測りながら頷く。 「で?」 「……まだ聞くんですか」 「別にお前が賛成でも反対でもオレには関係ないけど。まあ一応聞いときたいし。―――大切な人がいるってどんな気持ち?」 「た、たいせつ、って、そんなんじゃない!」 あららと内心尾浜が微笑ましく思う。 今までノートに数値を書き込んでいた無表情な笹山が頬を面白いぐらいに赤く染めたのだ。後輩らしい顔もできるじゃん、と尾浜は自分の後輩を思い出さずにはいられなかった。 眼を逸らさずに笹山の横顔を見つめる。すると観念したのかため息を吐いた笹山は、もう一度背後を見やってから、尾浜にだけ聞こえる小声で言う。 「ぼくにとっての作法は、毎日改良を重ねて成長していく、よくなっていくもの。それが生きているということだと思います」 「……ふうん」 「だから過去にばかり帰りたがるのはお門違いってもんです」 「ほう」 「第一ぼくの友人の先輩を傷付けると友人が悲しむし」 「まあな」 「―――でもぼくも、会いたい気持ちは分かる」 やっときた、と尾浜は目を細める。 一体どんな感情なんだろう? おそらく相手は彼と同級生だったあの子だろうけれど、詳しくは自分にはわからない。やはり五年も離れていれば話すことなんてそうそうないのだ。 笹山は世紀の大告白というように息を深く吸い込む。 「締めがないって感じです」 「―――しめ?」 「はい。鍋をした後のうどんみたいなやつ」 「ブフっ! なにそれ意味わかんねえ!」 「でしょう? ぼくもおかしくて笑えますよ」 真剣な顔をして出された答えが“うどん”って。尾浜は思わず吹き出してしまう。なんてネタをここでぶっこんで来てくれるんだろう。誤魔化すにしてももっとあるだろうに……うどんって! 息も絶え絶えに尾浜が笑っていれば、痺れを切らした三郎が「隣の部屋に行く! 好きにしろ!!」と荒々しくドアを開けて行ってしまった。 「さ、ささやま。お前面白いな」 息を切らしながら尾浜が言う。笹山は真面目な顔を苦笑いに変えながら答える。 「ほんと、冗談でしかないですよ」 ぼくの人生の最後に、アイツがいないとやっていけないなんて。 尾浜は笑っていた口を止めて彼を見る。 てっきり冗談かと思っていたが、彼は戯言を言っていたわけではないようだ。 その証拠に笹山は困った表情のなかでも、目を優しくつり下げていたのだから。 尾浜にはそんな存在がいない。 いたのかもしれないが、今の尾浜にはその感情がわからない。だからいないという。 この計画にかかわる人間は少なからず大切な人間がいる。 それは友人としてまたあの頃のように馬鹿をやって過ごしたいという奴もいれば、後輩もしくは先輩と一緒に切磋琢磨し合えたあの閉鎖的な生活に戻りたいという奴。ただこの現代で互いに記憶があれば上手くいくパターンの人間だ。 また一番わかりやすいのは、あの頃伝えられなかった気持ちを、この平和な時代になって伝えたいと思慕を抱いている奴だ。 久々知のように過去のある期間に戻ってしまわないと上手くいかない、と気が狂ったようにのたまうのは一握りだけ。 それもその片方が、記憶の戻る余地もない……つまり『無意識』と呼ばれるところにまで記憶が落ちた人間だったら。有名なのはフロイトのそれだが、まだ「無意識のうちに思い出したよ」と言った雷蔵は『前意識』にそれが残っていたのだろう。おそらく夢の内容が微妙に残っている浦風もそのタイプ。 しかしながら竹谷の場合は思い出す余地もない『無意識』と呼ばれるグループにいる。 これから先もきっと竹谷は思い出すことができないだろう。 それは久々知も分かっていたはずだ。はじめに「思い出せなくても構わないよ」と言っていたのだから。それがいつしか、「思い出してるはずだ」「俺に気づかれたくなくて装ってるんだ」と言い始めた。 きっかけは、何年経っても竹谷を見つけることすらできなかったストレスと、見つけたにもかかわらず注射で思い出してくれない現状を知ってしまったからだろう。 久々知は弱い人間だった。 頭は賢く要領も良かったのにもかかわらず、彼は一人で新しい友人を作ることすらできなかった。その証拠が卒業アルバムのそれだ。 何も考えなければすんなりできたはずのクラスメートの友人達を切り捨ててまで、過去の級友にこだわろうとしたその不器用さ。自分ではすべてうまくやっているつもりなのだろうが、空回っているとしか思えない努力のこと。 そんな久々知だったからこそ―――人に無関心を貫いてきた尾浜が最後、現代になっても手を貸してやろうと思えたのだ。 立花が顰めていた顔をゆるめる。 そして突然「ははは」と笑い始めた。 「……どうしました、ストレスですか?」 「悪かった。お前が百面相をしているのがあまりにも見物でな」 「ひゃくめんそう……」 「自覚がないだろう?」 愉快そうに腕を組み直す立花が嘘を吐いている気配はない。 ということは本当に自分は変顔をしていたのだろう。 「似ていないといったがお前は兵太夫同様、優しい奴だな」 「はあ? オレのどこが?」 「だってお前は、久々知が竹谷にもう一度好かれるように嫌われ役をしようとしたじゃないか」 尾浜は何も言えなかった。 「竹谷に注射のことを話せば竹谷が往きたがることは分かっていたはずだ。そのうえ一度脅しておいて久々知への気持ちを確かめただろう。向こうに竹谷が往ったあとに、久々知がもう傷付かないように」 「それは……先輩方がオレに、竹谷に会えっておっしゃるから」 「私はアフターケアを頼むと言っただけだが?」 「―――ッ! あ~もう!」 順を追うように自分のしたことを確かめさせられて尾浜が唸る。なんとも意地の悪い訊ね方だ。これではまるで本当に自分が友人想いのイイ奴じゃないか。 そういう奴が一番嫌いだと鳥肌が立つ。地団駄を踏みながら髪の生え際を掻いていれば、立花にまた「ははは」と笑われる。 「……なに笑ってるんですか」 「いいや? 後輩は可愛いものだと思っていただけだ」 「気持ち悪いことを言わないでください。オレの後輩なんて人様の財布を盗むわ、兵助は人のスマホを弄ってアラームを設定するわ、階段から突き落とすわ、寝ている人間に注射をぶっ刺すわ……三郎なんてゲームから人の個人データ抜き出してんですよ? 正常なのは貴方のところぐらいです」 「そんなこともない」 「はあ?」 尾浜が苛立ちのため先輩に対して失礼な態度をとる。 「全員、最後は大団円を迎えただろう」 やはり物語はめでたしめでたしで終わらなければな。 そう立花は笑う。